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理化学研究所:高耐熱エポキシ樹脂の硬化メカニズムを解明

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熱硬化樹脂の分子構造の模式図

理化学研究所・放射光科学研究センター放射光イメージング利用システム開発チームの星野大樹専任研究員らの共同研究グループは、X線光子相関分光法(XPCS)[1]などの分析手法を用いて、熱硬化性樹脂[2]の一種で高耐熱性のエポキシ樹脂[3]が形成されるメカニズムを解明した。

 エポキシ樹脂の分子レベルにおける硬化メカニズムが明らかになったことで、硬化条件を効率化することが可能になり、本研究成果は製造過程で生じる消費エネルギーや二酸化炭素排出量の削減に貢献すると期待できる。

 エポキシ樹脂は、接着剤、半導体配線保護剤、自動車・航空機部品などあらゆる場面で使用されており、現代産業において欠かせない材料である。熱硬化性樹脂は樹脂と硬化剤を混合し、それを加熱すると硬化する。加熱条件により耐熱性(硬さ)が異なるが、そのメカニズムは分かっていなかった。

 今回、共同研究グループは、大型放射光施設「SPring-8」[4]に設置されているフロンティアソフトマター開発専用ビームライン[5]においてXPCS測定を行い、エポキシ樹脂の硬化過程で生じる不均一な「揺らぎ」を分子レベルで調べた。その結果、硬化温度によって揺らぎの不均一性が大きく異なることを発見し、それが分子のネットワーク構造の形成と密接に関わることを明らかにした。

背景

 加熱により硬化して元に戻らなくなる樹脂のことを「熱硬化性樹脂」という。「エポキシ樹脂」はその一種で、優れた成形性、接着性能、絶縁性、耐水性、耐薬品性能から、接着剤、半導体配線保護剤、自動車・航空機部品などあらゆる場面で使用されており、現代産業において欠かせない材料である。熱硬化性樹脂は樹脂と硬化剤を混合し加熱すると、化学反応によりモノマー同士の結合が進み、ネットワーク構造が形成されることで硬化する。

 ただし、加熱条件により樹脂の耐熱性(硬さ)が異なることが知られている。高温条件の方が早く固めることができるが、初めに低温で硬化させた後、高温で仕上げた方が高い耐熱性を持つようになる。この場合、硬化過程のほとんどは初期の低温過程で完了することから、低温硬化過程が耐熱性の鍵を握ると考えられていたが、そのメカニズムは分かっていなかった。

 そこで、共同研究グループは、エポキシ樹脂の硬化における低温過程と高温過程において、分子運動や化学反応にどのような違いがあるのかを調べた。

研究手法と成果

 分子運動をX線で測定する手法として、「X線光子相関分光法(XPCS)」がある。共同研究グループは大型放射光施設「SPring-8」において、コヒーレント[6]X線を用いたXPCS測定により、エポキシ樹脂(触媒系)が硬化していく過程における揺らぎを分子スケールで調べた。

 まず、エポキシ樹脂と硬化剤を室温で混ぜ合わせ、それを高温槽に投入する。この試料にはX線を強く散乱させる微粒子が希薄に分散されており、微粒子から散乱されたX線の時間的な「揺らぎ」を調べることができる。微粒子は分子の熱運動の影響を受けて、ブラウン運動と呼ばれるランダムな動きをする。硬化前のエポキシ樹脂は液体状態のため、微粒子は動きやすく、速い運動が観測されるが、硬化が進むと微粒子は動きにくくなり、遅い運動が観測されるようになる。

 測定の結果、低温(100℃)で硬化させた場合には、硬化過程が3段階に分かれることが判明した(図1)。これは、エポキシ樹脂の反応が、(1)モノマー同士の結合によるオリゴマー化、(2)オリゴマー間の架橋反応によるゲル化、(3)架橋構造の高密度化の3段階で順序よく進むことで、明確な運動の差として現れたことを示している。

 一方、高温(150℃)で硬化させた場合には、運動の変化に境界が現れず、徐々に遅くなっていく様子が観測された。これは、高温ではさまざまな反応が起こりやすく、オリゴマー化やゲル化が同時に起きたために、明確な運動の変化が現れなかったと考えられる。

図1 低温硬化においてXPCSで観測された運動の速さの時間変化と分子結合の模式図

 100℃で硬化させた場合、硬化過程が3段階(青・紫・ピンク)に分かれることが分かった。

 さらに、硬化途中では速い動きと遅い動きが共存する揺らぎの「動的不均一性」が大きくなる現象が観測された。図2に示したのは運動速度の時間変化の観測例で、対角線上の赤い帯の幅が一定であれば運動が安定していることを示している。図2aの低温硬化過程(1時間後)における揺らぎは緩やかな変動を示しているのに対し、図2bの高温硬化過程(1.3時間後)では間歇(かんけつ)的で激しい揺らぎを示している。つまり、高温硬化過程では速い分子運動と遅い分子運動が共存し、その差が非常に大きいと考えられる。

 このような間歇的な変動は、低温硬化過程でもゲル化の数分間観測されたが、高温硬化過程では1時間以上も続き、ダイナミクスの安定化に長い時間を要することが分かった。これは、低温硬化過程では比較的動的に安定した状況で硬化が進行するのに対し、高温硬化過程では動的に不安定な状況で硬化が進行することを示している。

図2 硬化過程での動的な揺らぎ観測例

 硬化過程では、速い分子運動と遅い分子運動が共存している。対角線上の赤い帯の幅が一定であれば、運動が安定していることを示す。(b)は(a)に比べて、分子運動の速度差(動的不均一性)が大きいことが分かる。

 次に、硬化過程における化学反応を赤外分光法[7]で調べたところ、低温硬化過程では約80%の反応基が反応していたのに対し、高温硬化過程では約40%しか反応していなかった。また、パルスNMR[8]で硬化後の樹脂のネットワーク構造の密度を調べた結果、高密度に架橋された成分は低温硬化の方が高温硬化よりも3倍以上も多いことが分かった。

 これらの実験結果から、低温硬化過程では、順に反応が進むことで高密度なネットワーク構造が形成されるのに対し(図3a)、高温硬化過程では、早い段階でさまざまな反応が起きために分子運動が妨げられ、未反応基が多く残った状態で硬化してしまうことが分かった(図3b)。このことから、低温硬化を経た樹脂の方がより硬く、高い耐熱性を持つと考えられる。

図3 硬化後の分子構造の模式図

 左の低速硬化樹脂では未反応基が少なく、右の高速硬化樹脂では未反応基が多く残されている。なお、左の樹脂は低温で処理後、後硬化とも呼ばれる高温処理により、残っている未反応基の反応を起こりやすくし、ネットワーク構造の高密度化をさらに進めることで仕上げられる。

今後の期待

 分子同士のネットワーク構造形成を使った材料は多く存在し、熱だけでなく紫外線などを使った硬化過程にも、同様の解析が適用可能だ。3Dプリンティング材料の多くでも、同様の原理を用いて材料の成形が行われている。硬化過程での動的な揺らぎに注目した分析を行うことで、より効率的な成型手法を用いた高性能な材料が生み出されると期待できる。

1.X線光子相関分光法(XPCS)
干渉性の優れたX線(コヒーレントX線)を用いたダイナミクス測定手法。コヒーレントX線を試料に照射して得られる干渉性の散乱像を時分割で取得し、その時間変化から、試料のダイナミクスを解析する。X線の特徴を生かすことで、分子スケールで不透明な試料の内部の動きを調べることができる。XPCSはX-ray Photon Correlation Spectroscopyの略。

2.熱硬化性樹脂
加熱することで化学反応により網目構造が形成され、硬くなり元に戻らなくなる樹脂。液状のものを加熱により固めるため、形状の自由度が高い。

3.エポキシ樹脂
化学構造にエポキシ基を持ち、主剤と硬化剤二つを混ぜ合わせて、熱処理により硬化させる樹脂の総称。

4.大型放射光施設「SPring-8」
兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設。放射光(シンクロトロン放射光)とは、荷電粒子が磁場の中で曲がる際に放射される光の一種。SPring-8では、周回する電子群のサイズが小さいことや高い安定性のため、干渉性の優れたX線が得られる。

5.フロンティアソフトマター開発専用ビームライン
日本の代表的な化学、繊維企業および大学などの学術研究者が結成した「フロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体」が運営するビームライン。理研と高輝度光科学研究センターの協力を得てSPring-8のBL03XUに設置されている。

6.コヒーレント
干渉性の優れた、位相のそろった波を意味する。

7.赤外分光法
物質に赤外光を照射し、透過または反射した光を測定することで、試料の分子構造の情報を得る手法。

8.パルスNMR
静磁場に置かれた試料の高周波パルスに対する応答信号を検出し、水素原子核の磁気緩和時間を測定する手法。緩和時間から分子運動性を評価する。NMRはNuclear Magnetic Resonanceの略。

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