6000Gもの力が働くモーター用高速ベアリングの世界
- 2020/03/17
- Motor Fan illustrated編集部
自動車に用いられるベアリング(軸受)の数は、100個以上にも及ぶと言われている。「工業技術の米」と言われるベアリング技術は、自動車技術においても根幹を支える要素であり、ベアリングの性能は自動車の能力や機能の限界を決めるといっても過言ではない。それは環境規制の厳格化によりパワートレーンの電動化が加速しても変わることはないが、求められる性能は少しずつ変化している。より高い回転数と厳しい環境に耐えながら、さらに低損失化への期待がベアリングに向けられている。
TEXT:髙橋一平(Ippey TAKAHASHI) PHOTO:NSK/NTN
正しくは6000Gである。絶賛販売中のモーターファン・イラストレーテッド(MFi) vol.162の第2特集「電動化時代のベアリング」P083にて、モーター用高速玉軸受(ボールベアリング)の保持器(リテーナー)に掛かる遠心力について、10万G(3万rpmで運転した時)と記載してしまったのだが、これは筆者の計算ミスによる誤った数値であった。ここに謹んでお詫び申し上げると同時に訂正させていただきたい。
「Gがどのくらいか……。それは計算したことがなかったですね。遠心力の公式に当てはめて計算すればわかるとは思いますが……」
そもそもは、MFi vol.162の取材において、ベアリングメーカーのエンジニアにぶつけた質問が始まりだった。
現在、国内のベアリングメーカー各社では、次世代型の車両駆動用モーター向けとして、超高速回転に対応するベアリングを開発中だ。
車両駆動用のモーターとして、今もっとも高回転で運用されているのが、プリウスのハイブリッドシステムに搭載されるそれで、最高回転数は1万7000rpm。しかし、次世代型(プリウスのTHS向けがどうなるかはわからないが)のモーターでは高回転化がさらに進み、3万rpmという超高回転の世界に足を踏み入れることになるろ言われている。高回転化の目的は小型化だが、2万rpmを遥かに超える回転域では、ベアリングで支えること自体が困難になってくる。そのひとつの要素が遠心力だ。
モーターのローター軸を支えるベアリングには多くの場合、玉軸受が用いられる。そして、この玉軸受には転動体となるボールの間隔を適正に保つための保持器と呼ばれる部品があるのだが、先のプリウスのモーターに用いられるベアリングのものをはじめ、近年の高回転対応の保持器では樹脂が主流となっている。
樹脂製の保持器は軽量ゆえに高回転にともなう遠心力にも対応しやすいという利点があるのだが、2万rpmを遥かに超える回転域ともなると、そこに掛かる遠心力は途方もないものとなり、軽量な樹脂製の保持器も外側に向かって変形してしまうというのだ。
しかし、それほど強大な遠心力とは、具体的にはどのくらいのものなのか? そんな素朴な疑問に対する、エンジニアの返答が冒頭の言葉だ。
ベアリングでは “dmN値”という性能指標が用いられており、「○G掛かる」というような表記は、少なくとも現在の開発ではあまり使われていないようで、それよりもベアリングが支える対象となる軸の径、つまりベアリングの内径などに代表される寸法と、回転数の関係が重要とされている(このdmN値についてはMFi vol.162にて解説)。
とはいえ、やはり我々は○Gという表現のほうが、いくぶんかではあるもののイメージしやすいのではないだろうか。そんな想いから遠心力を自分で計算してみたのだが、あろうことか計算ミスをしでかしてしまったのだ。
3万rpm/dmN:150万以上という性能を目指した次世代型高速玉軸受(内径35mm/外径60mm)に用いられる保持器の開発では、保持器のみを1万8000rpmで回転させて、遠心力にともなう変形量の確認も行われたという。軸回転の半分、1万5000rpmプラスアルファの条件であり、そこでは8600Gもの力が働いていたはずだ。
遠心力(RCF:相対遠心加速度)の公式は以下の通り。
RCF=r(2πN/60)^2/980.665
※半径rの単位はcm
※回転数N(rpm)は1分あたりの値なので、1秒あたりの値とすべくカッコ内で1/60を乗じている
※980.665は重力加速度(cm/s2)
内径35mm/外径60mmの玉軸受を想定(モーターのローター軸の径は25〜40mmが多いとのこと)、転動体(ボール)のピッチ円を47.5mmとすると(便宜上、内径と外径の中間とした)。半径rは47.5 ÷ 2 = 23.75mm →2.375cm。
{2.375cm ×(2×3.14159265×30000rpm ÷ 60 )^2} ÷ 980.665 = 23902.46 G
つまり約2万4000Gとなるわけだが、これは転動体も軸と同じ3万rpmで回転(公転)いる場合の話。じつは、転動体の公転は軸の回転よりも遅くなり、このくらいのサイズではおよそ半分ほどの回転数になるという。これは転動体と連れ回るカタチとなる保持器も同様だ。そこで回転数を半分の1万5000rpmとして計算すると次のようになる。
{2.375cm ×(2×3.14159265×15000rpm ÷ 60 )^2} ÷ 980.665 = 5975.61G
これが正解となる6000Gの内訳だ。
ちなみに、誤って掲載してしまった10万Gという値はr=41.25cmで計算した値で、なにか算数レベルで間違いを犯していたようである(しかもmmからcmへの変換すらしていない)。恥ずかしながら、その経緯をお話させていただくと、当初は3万rpmの条件で計算した2万4000Gの値で進めていたのだが、良いのか悪いのか、保持器の回転数が軸に対しておよそ半分ほどとなることを加味していなかったのを後から思い出し、慌てて計算したところ…… というわけである。いやはや面目ない限り。
とはいえ、6000Gだとしても、ご存知の通り地球の重力の6000倍である。1gのものが6000g、つまり6kgになってしまう世界である。とてつもなく強大な遠心力には違いない。そこでは軽量な樹脂製の保持器ですらも、自らの質量が問題となる。かといって軽量化のために肉を薄くすれば、今度は剛性不足、というトレードオフが待っている。もちろん遠心力で保持器が変形して外輪などに接触すれば、溶損などの問題が発生、ベアリングとしての機能維持は困難となってしまうため、なんとしてでも避けなければならない。そして、ベアリングメーカーのエンジニアたちは、すでに解決の道筋を見出していた。コストという自動車用部品としての制約に縛られながらも。
モーターファン・イラストレーテッド vol.162「軽量化の正体」
図解特集 Lightweight Technology
Chapter 1 : 現在の乗用車の重量分析
Chapter 2 : 50%軽量は可能なのか
Chapter 3 : 軽量化の弱点を補う
コラム:-23kgへの挑戦 ホンダ・シビックTYPE R Limited Editionの軽量化技術
第2特集:電動化時代のベアリング
1)イントロダクション
2)自動車に使われている主なベアリングの種類と用途
3)駆動モーターの高速回転化は進む
4)潤滑油の低粘度化と油量減少のための手段
5)日本精工:希薄潤滑環境向け円すいころ軸受
6)日本精工:電動車駆動モーター用高速回転玉軸受
7)ジェイテクト:電動ブレーキ用非循環ボールねじ
8)不二越:超高速回転軸受/電動コンプレッサー用軸受
9)NTN:ハブベアリングの低フリクション技術
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