サスペンションとはなにか 第3回 サスペンションの決定的真相は「自由度の法則」だ:その2[自由度の計算の仕方:ピンジョイントの拘束]
- 2021/06/27
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福野礼一郎
連載「サスペンションとはなにか」の第3回、テーマは自由度の計算の仕方:ピンジョイントの拘束です。
TEXT:福野礼一郎(FUKUNO Reiichiro)
サスペンションの決定的真相は「自由度の法則」だ:その1では独立懸架式サスペンションを以下のように定義しました。
独立懸架式サスペンションとは「タイヤに1自由度(の運動)を許容するリンク機構」である
この定義からいえば「5本のリンクで車体とタイヤを結び、タイヤに1自由度を残す5リンク式マルチリンクこそ独立式サスペンションの基本形である」ということであって、むしろ「すべての独立懸架式サスペンションは5リンク式マルチリンクの簡略形である」ともいえる、ということでした。
もちろん実際のサスペンションの機構はもう少し複雑で、リンクの数だけですべてを納得するには限界があります。ですのでここで、少し面倒ですがサスペンションの自由度を正確に計算できる機構学の手法を紹介します。
タイヤはタイヤ、ホイル、ハブの3部品で構成されたユニットです。
これをリンクとアームで懸架するのがサスペンション。サスペンションの決定的真相は『自由度の法則』だ:その1で解説した通り、タイヤユニットは運動の6自由度を持っています。しかし考えてみれば明らかなようにリンクやアームもそれぞれ6つづつの自由度=6自由度を持っているのですね。
第2回 サスペンションの決定的真相は「自由度の法則」だ:その1[5リンク式マルチリンクは独立懸架サスの基本だ]
なぜサスにはあんなにたくさんあれこれいろんな形式があるのでしょう。 TEXT:福野礼一郎(FUKUNO Reiichiro)
それらの部材をブッシュや軸を介して車体に取り付ければ、リンクやアームもまたそれぞれその自由度を拘束されているということになります。
こうした複雑な構造にもかかわらず、独立懸架式サスペンションは最終的に「1自由度」を持っていて、上下に動くことができるのです。これこそサスペンションという機構の設計を決定している法則です。
ここでは1自由度の独立懸架式サスの基本的形式である5リンク式マルチリンクサスペンションの自由度をステップ・バイ・ステップで計算してみましょう。下がその模式図です。
サスペンションの自由度の計算方法はもちろん私が勝手に考えたものではなく、サスペンション設計者なら基礎の基礎として誰でも知っている計算方法だそうです。エンジニアの方から手取り足取り教えていただいて学んだのですが、長い間よくわからなかったサスペンションの秘密がこれで一気に氷解した感じがして、無茶苦茶感動しました。
なので皆さんにもぜひマスターしていただきたいです。
5リンク式マルチリンクの自由度の計算方法
① サスの構成要素からまず総自由度を算出する
サスペンションの自由度を計算するときは、まずサスペンションの構成要素を数えます。
タイヤ+ホイール+ハブはそれぞれが一体となったユニットですから「タイヤユニット1個」と数えます。
5リンク式マルチリンクでは、このタイヤを5本のリンクが車体につないでいます。なので「リンクが5個」とカウントします。
サスの構成要素は合計6つ。この6つの構成要素がそれぞれに運動の6自由度の自由を持っているわけですから、すべての自由度の数を合算します。おもしろいですね。こんな風に考えるんですね。
6自由度×6個=36です。
ここではこれを「構成要素:6(総自由度36) 」と表記します。
②ピン支持部分では「3自由度」を引く
サスペンションとはなにか①サスがなくてもクルマは走るでは、サスの基本要素のひとつであるリンクのことを「1本の棒状の部品の両端がピンジョイントで支持されているような単独の部材のこと」と定義しました。
ピンジョイントとは「自由に回転可能なボールジョイントのこと」です。模式図では黄色い丸印で描いてあります。
左右に操舵ができる前輪のハブとアームの間は必ずボールジョイントになっています。またレーシングカーやスーパーカーなどでは、リンクやアームも「ピロボール」などと通称しているボールジョイントで車体にマウントしている場合があります。
サスペンション機構学では、乗用車に使われている円筒型のゴムブッシュも球面ジョイントと同じピンジョイント形式のひとつであるとみなしています。ある範囲ならその作動はボールジョイントと等価だからです。
ボールジョイントは、リンクの片端を包み込むように保持して、リンク先端が前後左右上下に動けないようにしています。自由度計算の考え方ではこのことを「6自由度のうちX、Y、Zの並進運動を拘束している」と表現します。
一方でボールジョイントは、リンク全体が大きく左右上下に大きくふられるような運動については自由に許しています。これを「6自由度のうちX軸、Y軸、Z軸周りの回転運動は許容している」と考えます。
ボールジョイント6自由度のうち3自由度を拘束し、3自由度を許容する取り付け機構ということですね。
したがってもしサスの構成要素にボールジョイントあるいはゴムブッシュで支持されている部位があるなら、1ヶ所につき「3自由度」が拘束されている、つまりそれによって3自由度が「奪われて消えてしまう」と考えます。そして①で算出した総自由度からこれを引きます。
自由度を拘束されたら、拘束された数の自由度を総自由度から引いていく。これがサスの自由度の計算のポイントです。
5リンク式マルチリンクに使っている5本のリンクは、すべてその両端部がゴムブッシュを介して車体やハブに連結しています。サス全体でピンジョイントは合計10ヶ所です。
1ヶ所につき3自由度を拘束して奪っていくのだから「3×10ヶ所=30自由度」が総自由度から消えてなくなるわけです。
ここではそれをピン拘束「-3」×10ヶ所と表現します。
構成要素:6(総自由度36)-ピン拘束「-3」×10ヶ所=残り自由度6
①で算出した総自由度36から30を引くと残りは6自由度になりました。
③リンクの回転運動を引く
ここが最後のおまじないです。ちょっといつも忘れるとこです。
リンクの両端がピンジョイントの場合、リンクはその場でまるでシャフトのようにくるくる回転することができます。ゴムブッシュの場合もリンクは回転方向にちょっとですがねじれることができます。
しかしこれらの自由度はサスの作動にはまったく関係ありません。
そこで両端がピンジョイントのリンクの場合、1本につき回転方向の1自由度を無視します。
「無視する」とは、総自由度からさらに1自由度を引く、ということです。
5リンク式マルチリンクではリンクは5本あります。軸回転として無視して総自由度から引く自由度は1×5=5自由度です。
ここではそれを簡単に「軸回転-5」と書きます。
構成要素:6(総自由度36)、ピン拘束「-3」×10ヶ所、軸回転-5
計算してみると36-30-5=1
つまりこのサスペンションは、自分がもっている36の自由度のうち、自分自身の構造によってそのうちの35の自由度を拘束し「1自由度」だけを残していることになります。これによって5リンク式マルチリンクは独立懸架式サスペンションとは「タイヤに1自由度(の運動)を許容するリンク機構」であるということが見事、証明されました。
納得できましたか? なんとなくでもOKですよ。もしわかりにくかったら何回も読み直してみてください。私はこの説明を何十回も読んで書き直しましたから、何回か読んでいただければきっと納得していただけると思います。
まとめ
5リンク式マルチリンクサスの自由度
構成要素:6(総自由度36) 拘束:ピン拘束「-3」×10ヶ所 軸回転-5 残自由度「1」
余談:5リンク式マルチリンクについて
せっかくですから5リンク式マルチリンクについてサスペンション設計者から聞いた話を追記しておきます。
「5リンク式マルチリンクはリンクの作動が相互に干渉しあって作動が渋いから、ブッシュのたわみで逃げて動かしている」という説が、むかしまことしやかに流布されていました。私もどこかに何度かそう書いた覚えがあります。しかし自由度を計算してみるとちゃんと「1自由度」もっているのですから、ブッシュをこじったりしなくたって上下のストローク作動できるはずですね。サス設計者に聞いてみると「2本のリンクが一直線上にあるなどの特異な構成でない限り、全節がたとえピロボールであったとしてもちゃんと『1自由度』で作動しますよ」とのことでした。
ただし前輪に使う場合やリヤサスで操舵機構(4WS)を併用する場合は、あらかじめキングピン軸を設定しながらアーム配置をする必要があります。
5本のリンクで力を取り合って懸架するため、アンチリフト/アンチスクオート・ジオメトリー、バウンド/リバウンド時のジオメトリー変化、横力/前後力に対するコンプライアンスステアなど、リヤサスへの要求をそれぞれ最適化する自由度が高いのが特徴のサスですが、逆に言えば設計するのもセッティングを決めるのも非常に大変で、コンピューター設計以前の時代はそもそも設計自体が困難だったそうです。
ブッシュが片輪10ヶ所、両輪で20ヶ所もあるため、サスとしての剛性が低くなりやすいという意外な欠点もあります。
乗り心地や振動・騒音の観点で、すべてのアームをサブフレームにマウントしようとすると、サブフレームが大きくなって床下スペースを大きく取り、トランク容量が減ってしまう傾向もあります。
しかしもっともやっかいなのは、製造と組み立てに精度を要求することです。生産工場のサブラインでは、2ヶ所あるアジャスト機構を使ってアラメントを調整するのですが、1カ所動かすとキャンバー角とトーインが同時に変ってしまうので、チャートを見ながら2か所を同時に動かし、締め付けては再測定するという作業を行なっているそうです。
5リンク式マルチリンクは独立懸架式サスペンションの基本形である(→第2回 サスペンションの決定的真相は「自由度の法則」だ:その1)にもかかわらず、80年代にベンツがW201やW124のリヤに採用するまでは5リンク式はまったく使われなかったこと、ベンツ登場後に流行になったマルチリンク式においても、アッパーアームをAアームにするなど構造を簡略化して追随するメーカーがほとんどだったのは(サスに対する要求が低かったということを置いといても)以上のような理由が大きかったのですね。
第2回 サスペンションの決定的真相は「自由度の法則」だ:その1[5リンク式マルチリンクは独立懸架サスの基本だ]
なぜサスにはあんなにたくさんあれこれいろんな形式があるのでしょう。 TEXT:福野礼一郎(FUKUNO Reiichiro)
BMWとアウディが相次いでこの形式に鞍替えするなど、近年この形式の評価が高まってきています。5リンク式マルチリンクは独立懸架式サスペンションの基本形なのだから当然の帰結でしょう。
① 自由度の計算:サスの構成部材がもつすべての自由度から、拘束した自由度と無用な自由度を引く
② ピン支持は3自由度を拘束する
③ リンクの自転運動はサスの作動に関係がないから無視して引く
④ 独立懸架式サスペンションでは①の計算の残りの自由度は原則「1」になる
⑤ 独立懸架式サスペンションとは「タイヤに1自由度(の運動)を許容するリンク機構」である
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