デフとトランスファーに使われる歯車 大トルクを伝えるのはかさ歯車〈基礎からわかる自動車のギヤ講座最終回〉
- 2020/05/03
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世良耕太
歯車(Gear=ギヤ)といえば、Motor Fan illustratedで『歯車屋から見た世界』を連載中の久保愛三博士にご登場願わなければならない。
久保愛三博士は、京都大学で教授を長く務めたあと、07年に退官。現在は名誉教授でいらっしゃる。公益財団法人応用科学研究所理事長をであると同時にKBGTクボギヤテクノロジーズの代表でもある。歯車の世界的権威である。
ポルシェ911をこよなく愛し、現在も日本の歯車界を牽引し続ける久保愛三先生に、自動車に使われる歯車についてモータリングライターの世良耕太氏が教えを乞うた。
「博士、自動車の歯車についてやさしく教えてください!」
これは、Motor Fan illustrated誌に掲載された記事の再編集版である。
連載最終回(全5回)は、デファレンシャルとトランスファーに用いられる歯車について、である。
TEXT◎世良耕太(SERA Kota) ILLUSTRATION◎熊谷敏直(KUMAGAI Toshinao)
トランスファー
自動車用トランスファーの一番の問題は、トランスミッションから離れた場所にある軸をどうやって動かすかという空間的な問題です。チェーンを使う方法もありますが、信頼性は歯車ほど高くありません。どういう構造にするかはアイデア勝負です。入出力軸間の角度を調整できるコニカル(円錐)ギヤを用いるのもひとつの手です。苦労してうまいこと成立させたのが、アウディのクワトロシステムでしょう。
ベベルギヤは本質的に等速運動にならない歯車ですし、ベアリングの配置がややこしい。ピニオンは片持ちにならざるを得ない。そのため、自動車で使う歯車はほとんどがはすば歯車です。
ファイナルギヤ
円筒形のインボリュート曲線を用いたはすば歯車の場合、原理的には等速運動をします。が、現実には製造誤差や負荷による弾性変形があり、等速運動をしなくなります。これら、等速運動をしなくなる要素をどうやって取り除いて、本来するはずの等速運動に近づけるかが、円筒歯車におけるマイクロ設計の技術です。一方、ベベルギヤ系はもともと等速運動をしないので、どうやってごまかして等速に近いところまで持っていけるかが求められます。
ファイナルギヤは横置きエンジンの場合と縦置きエンジンの場合で根本的に違います。横置きははすば歯車の組み合わせ。縦置きは回転運動の向きを換える必要があるので、ベベルギヤを使います。エンジン横置き縦置きを問わず、デフは真ん中に4個のベベルギヤを入れ、その周りがリングギヤになっています。強度的にはもっとコンパクトにできるのですが、急発進したり、急激なエンジンブレーキを掛けたりするとものすごく大きなトルクが瞬時に入ることがあります。すると、浸炭焼き入れした強度の高い歯車でさえ、塑性変形することがある。そうしたトラブルが起こらないよう、なかなか寸法を縮められないのが実状です。
乗用車用縦置きの場合、客室を広くとれるメリットから、動力を伝える軸を中心からオフセットさせたハイポイドギヤが使われるようになりました。ハイポイドのいいところは、駆動側と被動側の軸が交差する点に配置するスパイラルベベルギヤに比べて、ピニオンの歯数を少なくできることです。そうすると、同じ減速比ならコンパクトにできます。ただしハイポイドはすべりが非常に大きいこともあり、スパイラルベベルよりも静かですが、すべりが大きいということはパワーロスも大きいことを意味します。昨今の省燃費要求の高まりから、ハイポイドギヤのオフセットはどんどん小さくなり、スパイラルベベルに近づいています。
こうして自動車に使われる歯車を整理してみると、種類は多くありません。90%以上ははすば歯車で、ごくわずかに平歯車があり、同程度のベベルギヤとハイポイドギヤが使われている状況です。ウォームギヤその他はごくわずかで、ステアリング機構に使われている程度です。
かさ歯車(bevel gear)
かさ歯車(bevel gear)
動力の流れを直角に曲げる歯車が、かさ歯車。このうち直線歯すじのかさ歯車を「すぐばかさ歯車」と呼ぶ。自動車用途における代表的な使用例は、後輪駆動車用のデフ。まがりばかさ歯車に比べてスラストが小さいのが特徴だが、引き換えに騒音・振動は大きくなる。平行軸間で動力を伝達するインボリュート円筒歯車の変形と考えることもできるが、実際には加工上の都合で近似値的な形状となっており、等速運動にはならない。
まがりばかさ歯車(spiral bevel gear)
まがりばかさ歯車(spiral bevel gear)
歯筋が曲線状のかさ歯車が「まがりばかさ歯車」である。英語ではスパイラルベベルギヤと呼ぶ。すぐばかさ歯車や、はすばかさ歯車は組み立てた状態からピニオンを軸方向に抜くことが可能だが、まがりばかさ歯車は歯筋が湾曲しているため、ピニオンを軸方向に抜くことができない。そのため、下手に設計すると分解ができない歯車装置になってしまう。すぐ歯にくらべて重なり噛み合い率が高くなるため、騒音や振動が小さくなるのが特徴。
ハイポイドギヤ(hypoid gear)
ハイポイドギヤ(hypoid gear)
まがりばかさ歯車の派生で、プロペラシャフトの軸がアクスル軸の中心より下にオフセットした食い違い構造のギヤを「ハイポイドギヤ」と呼ぶ。ハイポイドギヤは小型・軽量で強度が高く、静かに運転できる。半面、噛み合う歯面が大きくすべるため、パワーロスが大きいという問題点を抱えている。焼き付き事故が起きるため長年使えずにいたが、焼き付きを防止するハイポイド油が実用化され、自動車用に使用されるようになった。
後輪駆動車で4WDを成立させるには、トランスミッションに向かった動力を反転させる必要がある。その際、平行軸はすば歯車を用いた場合は、パワーを分岐するギヤボックスの中心距離を大きくとらなければならずかさばってしまう。円錐形のコニカルギヤを小径側と小径側が噛み合うように配置すると、公差角を持った軸間で動力を伝達することができ、動力分岐部をコンパクトにできる。
マグナ・パワートレーンのATC350と呼ばれるトランスファーケース。湿式多板クラッチを備えており、フロントとリヤのトルクをダイナミックに配分できる。トルクの伝達は3つのはすば歯車を使って行なう。
これはマグナ・パワートレーンの「Beveloid 2-Gear ATC Transfer Case」。コニカルギヤを使うことで入出力軸間の角度を任意に設定できるため、動力伝達経路のデザインに大きな自由度ができる。チェーンドライブや3つの歯車を使ったトランスファーケースより軽量で効率がいい。
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