プジョー508SWに見るフランス流ステーションワゴンの文化【ライバル比較インプレッション「アウディA4アバント&ボルボV60」】
- 2019/11/09
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MotorFan編集部
モノを選ぶとき、理性的に選ぶものだろうか。あるいは、使い勝手を考えてメジャーで測って選ぶだろうか。どんなアプローチがあってもいいが、感情の赴くままひとつのモノに惚れ込む。それができれば理想的だ。
TEXT●立花啓毅(TACHIBANA Hirotaka)
PHOTO●花村英典(HANAMURA Hidenori)/中野幸次(NAKANO Koji)
※本記事は2019年9月発売の「プジョー508のすべて」に掲載されたものを転載したものです。
工業製品としてだけ選ばないのがクルマ
クルマの購入時に誰もが悩むのは、「工業製品としての完成度」で選ぶか!それともクルマが持つ「文化的感性度」で選ぶか! だと思う。工業製品の完成度は、いうまでもなく音が静かで乗り心地も良く、室内は広く燃費も良い。しかも価格も含めて合理的であるということだ。
しかし人はそんな物理的な良し悪しだけではなく、人を惑わせる別の魅力も求めている。質実剛健、良妻賢母だけじゃない感性に訴える魅力なのだ。
左脳が懐と相談しブレーキを掛けても右脳が“欲しい!欲しい!”とダダをこねるそんな魅力である。この魅力を一言でいうのは難しいが、単にデザインが格好イイというのではなく、作り手の哲学や文化度、またレースの戦歴などで裏打ちされた文化的魅力である。さらに広告宣伝を含めたドラマタイズが知らずうちにインプットされ、そのクルマが恰好よく見える。
クルマはすでに成熟し完成域に入っているが、それでも年々改良され良くなっている。一方、文化的感性度は、グローバル化の影響で個性は薄れ、周りは希薄なクルマばかりだ。……と嘆いても商品は完成域に達すると均一化するのだから致し方ない。
いずれにしても世の中には、この両面ともに満点が取れるクルマはないわけで、それが購入時の悩みでもあり、またクルマ選びの楽しさでもある。
前置きはさておき、早速、508SWをこの2つの視点で見てみよう。
508はプジョーのフラッグシップモデルというだけあり、全長を旧モデルより80㎜も短くしたにもかかわらず、堂々たる風格を漂わせている。また一見しただけでデザイナーが指揮を振るったかのように映る。
ステーションワゴンの中には商用バンの内装をデラックスにしたものも見受けるが、それでは週末にちょっとお洒落にしてロングドライブという気にはならない。その点、508SWは、燃費の良いディーゼルが選べることも含め、ウキウキして郊外に出掛けたくなる。
508SWはデザイナーだけでなく、設計や実験部門のメンバーも頑張ったようで、その結果、車重は前モデルから70㎏もダイエットしている。具体的にはセダン比+40㎏の1540㎏に抑え、Dセグメントのワゴンとしては軽い部類だ。ディーゼルは+90㎏となる。
クルマの完成度に影響するのは、プラットフォーム性能だ。私は長い間クルマの開発に携わってきたため、ついついプラットフォームのポテンシャルを見る癖がある。そこにはメーカーの考え方や技術が凝縮されているからだ。
どこのメーカーも基本のプラットフォームを幾つか持ち、それをベースに車種に合わせてパッケージングを組み上げ、サスペンションをリファインする。
508のプラットフォームはPSAグループのEMP2と呼ばれるもので、お馴染みのプジョー308やシトロエンC4スペースツアラー、DS7クロスバックなどにも採用されたものが進化し、アクティブサスペンションと呼ばれる可変ダンパーも装備している。
各車FFベースのモデルとして、スクエアな荷室を実現。しかしリヤサスのマルチリンク功罪で、深さはあまり望めなくなってもきている。
フランス車とドイツ車の両側面を持つ足回り
走り出して最初に感じたのは、オーバーサイズ(235/45-18)のタイヤにも関わらず、しなやかな乗り心地であることだ。この乗り心地には、2800㎜という長いホイールベースとプラットフォームの剛性や減衰性の高さが寄与していると思う。
ホイールベースを伸ばすとボディ剛性が下がり、特にワゴンは、隔壁がないため路面やエンジンからの刺激でこもり音が出やすいが、その点も良く出来ている。またサッシュレスドアにも関わらず、気密性の高さからもボディ剛性の高さを感じることができる。
そのため508SWのBピラーは、かなり太くCピラーもダブルだ。この高いボディ剛性に加え、電子制御の可変ダンパーも良くチューニングされ、フランス車のような側面とドイツ車のようにがっしりした面を持ち合わせている。
まず可変ダンパーをコンフォートモードにすると、フランス車らしい大らかさがあり、それでいてしなやかで腰のある乗り心地だ。他車でよく見かける減衰力を下げすぎて収束しないのとはちょっと違う。
次にノーマルモードにすると、ボディの動きが抑えられフラット感が増す。さらに屈曲路でスポーツを選択すると、4輪ともしっかり路面を捉えてくれる。だからといって無粋にハーシュネスが大きくなることもない。
可変ダンパーはステアリングやATとも連動し、スポーツモードでは力強く加速しシャープなステアリングになる。
やや気になるのはフロント荷重が重く、また不可視長(※①)の悪さから動きがやや緩慢に感じることだ。ディーゼルはガソリンに較べフロントが重くなるため致し方ないが、見切りが悪く車幅が掴みにくい。
原因はカウルポイントが高くAピラーを内側に寄せているためで、全般的にグラスエリアが狭い。これはデザイナーがスタイリッシュに見せるためにそうしたものと思う。
この高いインパネの上側にメーターを配置し、ハンドルの上からメーターを見るようにしている。そのためハンドルは小径で上下をカットした6角形だ。
ヘッドクリアランスはルーフラインが緩い円弧を描く分、余裕が生まれ、後席の実質のヘッドスペースは頭の上に拳が1個半も入るほど広い。
因みにラゲッジスペースは5名乗車時に530ℓ、リヤシートを倒せば1780ℓと旧モデルより182ℓも増えている。因みにリヤのオーバーハングはセダンより28㎜伸びて1037㎜。嬉しいのは荷室に6か所ものフックが付いていることだ。
プジョーの良さはシートにもあり、姿勢角の良い大きめのシートは、サスのダンピングと調和し長距離でも疲れ知らずに走れるだろう。しかしナッパレザー(※②)の表皮はまだ使い込まれていないためか、しっとりした柔らかさに欠けていた。
フランス車の代表的なシートというと、初期のシトロエンDSだと思う。分厚いオールウレタンとジャージベロアの組合せは、実に気持ちが良かった。
もともとフランスは道が悪く、乗り心地を重視するため革シートは少なかった。ところが他国の高級車の影響を受けてか近年、革シートが増えたものと思う。
日本でも高級というと革を思い浮かべるが、本来、革というのはビニールができるまでの時代に丈夫で長持ちするから使われていた。昔の馬車を見ると馭者台には丈夫な革を、キャビンには乗り心地と肌触りのよいベルベットが用いられていた。今もショーファードリブンの後席はベルベットが多い。
日本仕様のエンジンには、ガソリンの1.6ℓターボ180psと今回試乗した2.0ℓディーゼルの177psの2本が用意されている。ミッションはいずれもアイシンと共同開発した8速ATだ。燃費のためにトルクフルなディーゼルとハイギヤードの8速ATを組み合わせている。
ところでディーゼル特有の音はというと、室内ではディーゼルに気づく人は少ないと思う。正直エンジンルームの横に立たないと判らないほど静かだ。
昔からプジョーの良いところは、クルマが自然体で、恰好付けたり、奇をてらったりするところがなく、気持ちの良い運動性能を持っていたことだ。だから「家族の一員のように」永く付き合えるクルマが多かった。ところが最近は個性を出そうと、少し路線を変えてデザイン優先に振ってきたように思う。
※①不可視長:ドライバーが見る前方視界で、ボンネットにより遮られた距離をいう。ボンネット先端から路面が見えはじめるまでの距離。語源はスバルで使われている開発用語。
※②ナッパレザー:アメリカのNapa(ナパ)地方で作られていたのが語源で、塗膜を薄くするなどして柔らかさとしなやかさを向上させた等級の高い牛革。一般的にクルマ用は、スプレーで塗装し、さらにジュースやコーヒーがこぼれても大丈夫なようにコーティングしている。またジーンズの金具でも傷が付かないようコーティングが厚くなってきたのが現状。もっとも望ましい革は、子牛の腹の部分をスプレーではなく染めたものだ。私が最初にレース用に作ったバイクツナギは、子牛の腹の皮だけを使ったのだが、着ると身体に沿って伸びるため空気抵抗が少なかった。
ステーションワゴンの見せ場はサイドビュー。ここをじっくりと見れば、そのコンセプトが見えてくる。とはいえ最近では燃費とのせめぎ合いで、なかなか個性が出しにくい中でそれぞれが個性を主張。
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