タカタ「エアバッグ問題」とはなんだったのか?「もう過ぎたこと、ではない。せめてほかの日本企業は、これを他山の石とすべきである」
- 2020/10/05
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牧野 茂雄
結果、タカタのエアバッグは異常燃焼を起こした。米国運輸省が指摘しているのは「ガス発生剤のペレットにヒビが入ったり粉状に崩れたりしたために酸素と接する表面積が増え、設計値をはるかに超えたガス圧を発生した」点だ。火薬の燃焼威力は、できるだけ多くの酸素を瞬時に取り込んで連続反応を引き起こせば高くなる。設計・製造段階ではペレットの表面積は厳密に管理されているが、使用過程でヒビが入ったり変形したりすると表面積が増えてしまう。どれくらい増えるのかは予想できない。
ガス発生剤が異常燃焼を起こせば、エアバッグとガス発生剤を封入している容器が破損し、それがエアバッグを突き破って飛散する可能性がある。実際、アメリカでは金属容器の破片が首に刺さった事故例もあった。いっぽうでタカタは、自社開発したガス発生剤の危険性を認知しながらも隠蔽したとして告発された。最終的には全世界で5000万台ともいわれるリコールを背負い、2017年6月に東京地裁に民事再生法の適用を申請し経営破綻した。
タカタが東京地裁に提出した確定債権の総額は1兆823億8427万6418円だった。これは戦後最大の経営破綻であり、現在は中国系の米自動車部品メーカーに事業譲渡しジョイソン・セイフティ・システムズに社名を変更して事業を継続している。しかし、現在でも硝酸アンモニウムを使ったガス発生剤を内蔵した過去のエアバッグが原因のリコールが続いている。
2010年6月にホンダ車と日産車の助手席エアバッグが日本でリコールされたのが、タカタ製エアバックがらみの国内最初のリコールだった。今年1月30日、三菱自動車、マツダ、スズキ、三菱ふそうトラック・バスの4社が合計21車種、約7万台のリコールを国土交通省に届け出たが、そのなかでもっとも古い製造年の対象車は1995年1月6日である。すでに25年も前の製造だ。
また、このリコール届け出の2日前、国土交通省は「タカタ製エアバッグのリコール改修を促進するため、未改修車を車検で通さない措置の対象を2020年5月1日から順次拡大する」と発表している。その対象は「国内で異常破裂したエアバッグと同じタイプを搭載し、生産から9年以上経過したものを搭載した車両」である。2013年4月1日より前に製造されたリコール対象車の未改修車を対象範囲とし、5月1日から全国で車検を通さないという措置だ。
なぜ、製造から時間が経過した古いクルマが問題なのかといえば、火薬類の正味期限という別の問題があるためだ。固体燃料を使ったミサイルは製造からほぼ5年で廃棄される。点火剤が劣化して、いざというときに役に立たないのでは意味がないからだ。高価な弾道弾迎撃用のペイトリオット・ミサイルも5年で廃棄だから、賞味期限が来る前に日本の自衛隊はアメリカの試射場へ出かけて発射実験を行なっている。
ちなみに、薬の消費期限はほぼ5年だ。これは「賞味期限」ではなく「消費期限」であり、5年が経過した時点で「飲んでも毒にも薬にもならない」ものに劣化するよう設計されているためだ。
じつは、ダイムラーベンツが世界初のガス圧展開式エアバッグを開発したときは「10年くらいで交換すべきだ」と開発エンジニアが言っていた。筆者が取材したときも「もし10年以上乗り続けるなら、途中でエアバッグを交換したほうがいい。エアバッグは消耗品だ」と聴いた。しかし、この問題はその後、完全に放置されたままだ。
タカタ製エアバッグの一件を整理するなら、タカタが硝酸グアジニンではなく硝酸アンモニウムを使ってみようと研究を始めたことは、けして間違ってはいないと思う。筆者が取材したかぎりでは、開発には9年もかかっている。「クルマに積む火薬はできるだけ少ないほうがいい」と考えるのは、日本では正義である。
しかし、一般人でさえもつねに銃という武器と暮らしているアメリカには、だれもが「安全に(これも矛盾ではあるが)」火薬を使えるようにという目的と需要がある。日本は豊臣秀吉の刀狩り以降、一般庶民は武器を所持できない国になり、銃や実弾に触ったことのない国民が圧倒的に多い。「火薬になど近寄りたくない」と思うのが当たり前の国だ。
果たして、タカタに「何年かかってでも硝酸アンモニウムをモノにする覚悟」と、万一の場合の対策という安全弁の両方があっただろうか。「安上がりだから」でガス発生剤が成り立たないことは百も承知だったはずだ。それと、アメリカで指摘されたように「欠陥を知りながら隠蔽してしまった」という事実。生命の安全と機会均等では絶対に譲らないアメリカで、ひとたび当局と世論を敵に回したらどうなるか。
もう過ぎたこと、ではない。現在でも新たなリコールが届けられ、事故も起きている。せめてほかの日本企業は、これを他山の石とすべきである。
最後に余談。
スウェーデンは美しい観光地であると同時に武装永世中立国家である。いざとなれば国民皆兵の国であり、筆者は自治会の武器庫に案内されたこともある。そもそもはアルフレド・バーンハド・ノベル、あのノーベル賞という平和的な賞のために遺産を投じた「ダイナマイト王」の国である。
「岩盤の硬いスウェーデンでは、ダイナマイトがなければ資源の採掘ができなかった」と言われるが、これは半ばきれいごとであり、ノベル家は19世紀前半から機雷や砲弾を製造する会社を経営していた。1894年にはボフォース鉄工所の経営権を握り、この会社を世界的な兵器メーカーへと躍進させた。
ボフォース社のヒット商品である40mm対空機関砲はアメリカ海軍の艦船に多数搭載され、太平洋戦争では多くの日本軍機を撃ち落とした。同時代のアメリカ軍の20mm機関砲は、これも武装永世中立国スイスのエリコン社製である。非武装中立など戯言であることは、この両国を見ればわかる。武器を各国へ大量に供給し、国際的な地位を得ている。
現在のスウェーデンでもボフォース・ブランドは健在だ。ミサイル部門は自動車部門を切り離したサーブが買収しサーブ・ボフォース・ダイナミクスとなり、大砲など重火器部門はBAeシステムズ・ボフォースになった。サーブは戦闘機グリペンなどを自前で設計し製造している。1950年代からスウェーデン空軍機はサーブが機体を作りボルボ・フリグモトル(現ボルボ・エアロ)がジェットエンジンを製造してきた。
こうした背景を理解すれば、スウェーデンに世界シェアトップの自動車エアバッグメーカーがあることは納得がゆく。エアバッグは火薬製品なのである。
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