バッテリーへの楽観論を疑え! エンジンをなくしてしまって、ホントにいいのですか?(その5)
- 2021/03/22
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牧野 茂雄
EU+英国+EFTA(欧州自由貿易連合=アイスランド/ノルウェー/スイス/リヒテンシュタイン)の乗用車市場は、昨今のCOVID-19蔓延のような事態がなければ年間1600万台に近い。このうち30%がBEVになると480万台。PHEVが11%だと170万台弱。合計650万台が1台平均30kWhのLiBを積んだとして、総量は195G(ギガ)Whになる。キロ=1,000、メガ=1,000,000、ギガ=1,000,000,000だ。
現在の全世界の車載用LiB生産能力は200GWh程度と思われる。ここには、いまやLiB王国となった中国企業が発表している生産能力が含まれるが、その数字自体がいささか怪しい。筆者は何度か取材を試みたが、前回紹介した2010年の雷天以降は取材が難しくなった。BYDに至っては、現地へ出かけて「ビデオを見てください」と言われた。したがった、本当にどれくらいの生産能力なのかはわからない。
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前述のようにこれからVWが240GWhの年産能力を確保し、ほかの自動車メーカーも同じ道を選び、さらに既存の電池メーカーも生産規模を拡大すれば年間1T(テラ=1兆)Whの生産も可能だろう。ただし、そのためにはリチウムなどの資源が要る。
2018年のデータでは、リチウム需要全体のうち40~50%がさまざまなLiB向け、30~40%がガラス・窯業添加剤向けだった。残る量が金属グリース(LiOH)、鉄鋼連続鍛造用のフラックス、冷凍機吸収剤(LiBr)、一次電池(金属Li)などで消費された。車載LiB需要が高まれば、リチウム精製会社は当然、増産するだろう。しかし、リチウム精製段階でも資源とエネルギーは消費される。
リチウム生産各工程
現在の主力は「かん水」と呼ばれる方法で、水に溶けたLiを水の天日蒸発で濃縮する方法だ。もうひとつLi鉱石から採取する方法もあるが、精製段階で薬剤を多用するためコストがかかる。それでも、どうしてもリチウムが必要となれば鉱山会社は増産するだろう。新しい鉱山の開発があちこちで進み、ライバルが増える状況では、増産と価格競争がほぼ同時に起きる。
たとえば、英国BBCのレポートでは「アルゼンチンでは年間1.4万トンのリチウムを精製するために4.2億ℓ(リットル)の真水が使われた可能性がある」と報じられた。1トンのリチウムを得るために3万ℓの真水が使われたことになる。「水資源が貴重な地域でリチウムに水が独占されている」とBBCは警鐘を鳴らした。
一般的に原かん水中のLi濃度が1グラム/ℓだとすると、リチウム製品であるLi2CO3を1トン得るには189.3㎥の原かん水が必要である。これは計算で得られる数字だ。鉱石からの場合は、1トンのLi2CO3を得るためには40.8トンの粗鉱石が要る。あまり取得効率のいい素材ではない。
リチウム精製にはさまざまな方法があるが、そのひとつの例がアルゼンチンで行なわれている酸化カルシウム添加方法だ。かん水に酸化カルシウムを入れてMgと反応させて除去してからかん水を蒸発させ、Li濃度を1%程度に高める。そこにCO2を吹き込んで反応させ、Li2CO3+CO2+H2Oから2LiHCO3を得る。さらにイオン交換膜を使ってCa(カルシウム)やB(ボロン=ホウ素)などを除去する。
現在、EU域内の大規模LiB工場は2カ所しかない。原材料となるリチウムはチリ、オーストラリア、中国から輸入されている。ポルトガル産の花崗岩由来のリチウムはすべてファインセラミクスやガラス製品の製造に使われており、車載LiBには使われていない。ポルトガル政府はリチウム鉱山の開発権をEUやオーストラリアの企業に販売しているが、精製コストは水を張ったチリの塩原で精製する場合の2.4倍程度になるとの試算がある。
EUでの報道を読むと「精製プロセスの工夫や新しい技術の導入によってポルトガル産のリチウムはコストダウンできる」と、過去3〜4年にわたって言われ続けてきた。かなり楽観的だ。これが実現すればEU域内のLiB生産にとっては福音だから、楽観論を展開するのだろうか。
もっとも、EUが自前でリチウムを調達できたとしても、チリ産のリチウムがあぶれることはない。アメリカの自動車メーカーがBEVをどんどん量産するだろうから、南米産リチウムの需要が落ち込むとは考えにくい。しかし、LiBのために水をはじめとする資源を使うことを、鉱山の地元は容認するだろうか。この点について筆者は、大いに疑問を抱く。
現在、BEV1台に占めるLiB価格は30〜40%にのぼる。「これだけのコストを外部に支払うくらいならLiBを自前でつくるべきだ」と、欧州自動車メーカーは考えるようになった。リチウム精製能力は現在、世界需要の2倍近くが確保されており「供給面の問題はない」と言われる。SDGs(持続可能な開発目標)投資がもてはやされている現在、COVID-19蔓延によって行き場を失った膨大な資金がLiB分野に注がれるという楽観論は完全に主流になった。そしてVWやダイムラーが「リン酸鉄系LiBの採用を増やす」と発表して以降、Coの需要ひっ迫という懸念も薄れた。
おそらくEU委員会は独自の電池ルールを確立し、2027年までにLiBをEU産でまかなえるようにし、強引にでも中国、韓国、日本にLiB購入の対価を流出させないようにする手はずを整えるだろう。これがEUの雇用確保にもつながる。車両電動化はEU域内で完結する。そう考えている。
昨年、車載用LiBで世界シェアトップになった韓国のLGケミカルは、この部門の単年度黒字化に10年を費やした。しかしまだ累積赤字を抱えている。パナソニックのテスラ向けLiB事業もやっと黒字になった。約13年を費やしての黒字化である。VWやステランティス(旧PSAとFCA)は「LiB内製は早期に黒字化できる」と言っているが、果たしてどうだろうか。効率の良い量産ができればいいが、自社製ECV(エレクトリカリー・チャージャブル・ビークル=EUではBEVとPHEVをこう呼ぶようになった)の電池需要を超えて量産体制を整え、外販を目論むようになれば価格競争になる。
EU委員会が狙っているのは、中国、韓国、日本といったアジアの国に欧州で販売されるECVの電池需要を放棄させることだ。あれだけ忌み嫌ってきた特定業種向けの補助金交付をバッテリーや再生エネルギー発電の業界へとばら撒きはじめた。EU域内で消費される工業製品は、EU域内で資金を還流させるという手段に出た。
とはいえ、たとえば年間500GWhのLiBをEU域内で生産するとなったら、原材料をどこから仕入れるのだろう。ポルトガルだけでは絶対に賄えない。そもそも、かつては「電池はいちばん安い会社から買えばいい」として、各社が専用仕様の電池を特定の電池メーカーに作らせていた日本のビジネスモデルをVWもダイムラーもBMWも笑った。なのに今度は自前で作ると言い出した。
そのEUに電池技術や製造技術で協力すれば日本にも商機がある。そんなふうにも言われているが、それこそEUの思うツボだ。盲目的にEUのECV普及策とバッテリー楽観論に同調することが日本の国益ではない。EU企業は日本人技術者のヘッドハントも始めた。日本企業は脇を締めるべきであり、どう転んでも利益と技術的イニシアチブを確保できる道を選択しなければならない。
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