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よくわかる自動車技術:第12号 可変圧縮比の行方 可変機構の最終兵器・可変圧縮比機構の難しさ

  • 2018/08/04
  • Motor Fan illustrated編集部
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世界初、可変圧縮比を実用化した日産のKR20DDTの動作図(FIGURE:NISSAN)

1990年代にDOHC4バルブがとペントルーフ型燃焼室が標準フォーマットとなった時点で、ガソリンエンジンは登場から100年後にして完成形に至った。その後過給機の使い方やダウンサイジング技術は進んだものの、エンジンの基本は何も変わっていない。変わったように見えるとすれば、それは「可変技術」が進んだからだ。
TEXT:三浦祥兒(MIURA Shoji)

 きっかけは70年代のマスキー法に端を発する排ガス規制だ。それまでの回転数や負荷にかかわらず空気量の成り行きで燃料供給を行うキャブレターでは、触媒による排ガス浄化が成り立たなくなった。そこで運転状況によって緻密に燃料供給量を可変にできる電子燃料噴射システムが一気に普及した。同時に点火時期も回転数依存でなく、ノックセンサーを備えて負荷依存とする可変システムに変わっていって、それまでのコイル&ディストリビューターを駆逐した。

 やがてエンジンの過渡特性を司る吸排気バルブの開閉タイミングとリフト量を可変にできる、VVT(Variable Valve Timing)やVVT(Variable Valve Lift)機構が現れ、あらゆる車種のエンジンに必須の装備となった。また、水温を運転状況や熱負荷部位によって切り替える可変機構も「サーマルマネージメントシステム」として一般化している。

市販車へ最初にVVTを搭載したのはアルファロメオであった。コモンレールといい、世界初の栄誉に浴するのはイタリアが多い。(FIGURE:US4231330A, Timing variator for the timing system of a reciprocating internal combustion engine)
日本では日産がVG30DEにNVCSの名称で可変バルブタイミング機構を搭載している。1987年のことだった。(PHOTO:NISSAN)

 自動車用のエンジンは、回転数と負荷が運転環境(ドライバーのクセや心理によっても)によって目まぐるしく変わる、他の原動機とはまったく異なる使われ方をされる。本来回転数を一定に、低くとってユルユル回すのが効率のよい使い方なのに、実態は正反対なのだ。だからこそエンジンの基本構成に様々な可変機構を付けて変化に対応する進化を遂げてきた。ところが、最も可変であるべきなのに、技術的な難しさからなかなか実現できなかった可変機構がある。「圧縮比可変」である。

 圧縮比は高ければ高いほどよい。その方が一定量の空気と燃料からより多くの熱エネルギーが取り出せるからだ。しかし特にガソリンエンジンの場合、一定以上に上げられない制約がある。上死点付近ででプラグ点火するタイミングを無視して勝手に着火してしまうノッキングが原因だ。過給エンジンの場合ノッキングは深刻な問題で、それはシリンダーと燃焼室が形成する圧縮比が規定する以上に空気が押し込まれて、実質的な圧縮比が増えてしまうから。
 だから、過給エンジンの図示圧縮比は同様の機械的スペックの自然吸気エンジンより低くせざるを得ない。だが、いまの過給エンジンは燃費を稼ぐために、軽負荷の時はウェイストゲートを開きっぱなしにしてなるべく自然吸気で運転しようとしている。そうなると過給前提で低くした圧縮比は何の役にも立たないばかりか、単に効率の悪い=力のない低圧縮エンジンに落ちぶれてしまう。

 圧縮比を負荷に合わせて変えることができれば、こうしたジレンマは解消して、ハイパワーで燃費もよい理想のエンジンが出来る―――。出来なかったのは、可変とするための仕掛けが他の可変機構とは比べものにならないほど面倒だからだ。

 自由に伸び縮みする金属でもない限り、燃焼室の容積を変えるのは難しい。CVCCのような副燃焼室を設けてそれをバルブで開けたり閉めたりすれば可能かもしれないが、燃焼室の形状まで可変になって効率は死ぬほど落ちるだろう。
 シリンダーの高さを可変にするものもあった。今はなきサーブが2000年に試作したSVCというエンジンでは、シリンダーというよりシリンダーヘッドが傾いて燃焼室容積を変える、何とも摩訶不思議な構造だった。いずれにせよエンジンの上部に可変機構を組み込むのは、冷却や動弁系まで巻き込んだ改変になるから、実用化は難しそうだ。

腰上における可変圧縮比のトライの例。サーブのSVCはリンクを用いてシリンダヘッドを傾けて燃焼室形状を変化、圧縮比を違える構造としていた。(FIGURE:SAAB)

 腰下を可変にして圧縮比を変えるのは太古に先例がある、アトキンソンサイクル・エンジンだ。日産は70年代からずっとこの機構をものにしようと研究を続けていた。お手本は100年前に示されているわけだが、実際には可変とするための動力伝達の複雑さからくる信頼性の確保と、実車への搭載性が解決できなかった。その間に「疑似可変圧縮比機構」とも言えるミラーサイクルが一般化してそれなりの効能が得られるようになった。だが、ミラーサイクルでは出力が出せない。それを補うためにターボを付ければやがりノッキングの壁が……。試行錯誤は30年以上続いた。

 機械的な可変圧縮比機構を実現に導いたのは、コンピューターによるシミュレーション技術が飛躍的に進歩したからだ。アイデアをひとつひとつ試作して実験する手間を省略し、精度も非常に高まったことで、開発が一気に進捗し始める。こうして出来たのがKR20DDTだ。このエンジンではVVT(早閉じ)をも併用するのだが、「VVTを使ったミラーサイクルは効率は上がるけれど、パワーが出せない」と、機械的な可変圧縮機構の真の効能を開発技術者自ら説明している。燃費を良くするだけなら出力を落とせば済む。けれどもそれでは「自動車という商品」は成立しないのだ。

腰下における可変圧縮比の例。日産KR20DDTはリンクを用いてピストン上死点を動かし、圧縮比を可変させる。左が高圧縮比、右が低圧縮比の状態。(illustration:熊谷敏直)

 一方欧州のエンジニアリング企業では、別の可変圧縮比技術を模索していた。中でも実現性が高いのはコンロッド長を可変にする方法だ。日産方式ではクランクシャフト回りに大々的な機構変更が要る上に、可変とするためのアクチュエーターが別途必要になる。エンジンの構成を抜本的に変えなければならないので、コストもかかるし重量も増える。AVLが開発中の可変コンロッドはエンジンの油圧で作動するもので、ピストンの慣性によるパッシブな油圧バルブ開閉なので、日産式の弱点がないとされる。また、日産式は連続可変なので運転状況によるロスが少ないと喧伝するが、コンロッドの上下2段切替でも効率に遜色はほとんどない、と同様のシステムを開発中のFEVではコメントしている。

AVLは可変長コンロッドによって圧縮比を変化させることを目論んだ。システムが大がかりにならないのがメリットである。(FIGURE:AVL)

 両者には当然一長一短があり、どちらが正しいというわけではないけれど、エンジニアリング会社は技術を売るのが商売なので、コストや生産の手間がかかるやり方はメーカーに受け入れられないから作らない。できれば汎用性を持たせて、多くのメーカーに買ってもらうため、勢いシンプルでコストforバリューの方向になる。48Vシステムも、ストロングHEVを持たないメーカーに、安価に導入しやすい電動化を提供する目的で欧州系のサプライヤーが推進するものだ。そこには技術の正義を追求するあまり実現化できないのでは意味がない、という冷徹な現実主義が見て取れる。

 重厚長大で高機能か、シンプルで低コストか。方向性は二手に分かれたけれど、可変圧縮比の技術自体は内燃機関の夢の実現であると、どのエンジニアも口を揃える。マツダのSKYACTIV-Xをも含め、電動化に対抗するエンジン技術のキーワードは、「圧縮比」のようだ。

先鋭的な例。対向ピストン構造をとるピナクルエンジンズ社のユニット。片側のクランク位相をずらせば圧縮比を連続的に異ならせることが可能。(FIGURE:Pinnacle Engines / MFi)

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