BS6(バーラト・ステージ・シックス)導入に揺れるインド自動車市場。これは政府が起こした混乱だ【牧野茂雄の自動業界車鳥瞰図】
インドで2020年4月に新しい排ガス規制が導入される。当初の予定を覆して中間段階を省き、いきなり最強規制を導入するという手順はVW(フォルクスワーゲン)の排ガス不正を受けてEU(欧州連合)でRDEが前倒し実施された経緯によく似ている。強権発動したのちに救済策を小出しにするのがEU流だがインドはどうするのか。自動車市場は低迷中だ。
2018年11月、インド政府は23年までに新車登録乗用車の25%をBEV(バッテリー電気自動車)にするとの目標を打ち出した。その背景は「大気汚染の深刻化」だ。デリー高等裁判所が「害のない空気で呼吸することは基本的な権利」との裁定を下した15年以降、排ガス規制を強化すべきとの声が徐々に大きくなった。4月から国内で販売される乗用車にはBS6(バーラト・ステージ・シックス)が適用される。
BS6はEUの排ガス規制であるユーロ6に準じている。現在のユーロ6ステージ2ほど厳しくはないが、10年に導入されたBS4に比べるとNOx(窒素酸化物)などの排出基準値は大幅に引き下げられる。しかも、EUがユーロ4、ユーロ5、ユーロ6ステージ1、同ステージ2と段階を経たのに対し、インドはユーロ4相当の現行規制BS4からユーロ6ステージ1相当のBS6へと一気にジャンプする。
インドの排ガス規制は00年に初めて導入された。それがBS4だった。その次のステップであるユーロ5相当のBS5について16年2月にインド道路交通省は「2020年度から順次導入する」と発表していた。デリーなど大気汚染が激しい大都市で先行導入し、ある程度の移行猶予期間を設けてインド全土にBS5を導入する予定だった。そして16年末までには、BS5の次の段階であるBS6を「2024年度から都市や地域の状況に応じて段階的に導入する」というロードマップが決まった。
ところが、このスケジュールが覆された。筆者はインドの内政には詳しくないが、インドに駐在していた新聞記者氏に訊いたりネット検索して資料を集めたりするうちに、政府内に「環境急進派」がいたり欧州の環境団体が関与していたりという事情にたどり着いた。
このちゃぶ台返しはEUにそっくりだ。15年9月に米国でVWによる排ガス不正が当局によって告発された一件は、やがてドイツ、そしてEUに飛び火し、政治とは別のところで専門家たちが粛々と進めていた排ガス規制試験モードのアップデート・スケジュールに横槍を入れた。政治の介入である。
NEDC(ニュー・ヨーロピアン・ドライビング・サイクル)測定モードに代わる新しいモードとしてWLTC(ワールドワイドハーモナイズド・ライトビークル・テスト・サイクル)および試験方法WLTP(最後のPはプロシージャー)を正式導入することが決まったのは14年3月。ただし異議申し立ての期間を設け、誤解のないよう説明責任を果たし、いきなりではなく猶予期間を設けて施行されるのが排ガス規制である。
EUで自動車排ガス規制を担当するECE・WP29(国連欧州経済委員会・ワーキングパーティ29=自動車基準認証専門家会議)は、17年のWLTC/WLTP導入と、この試験方法をベースに次の段階として一般公道試験RDE(リアル・ドライビング・エミッション)の導入を準備するという予定を立てていた。ところが、こともあろうにRDEが先頭に立ってしまった。そのため欧州のエンジニアリング会社が急遽、RDE実施要領の決定に関与する事態になった。
インドのBS5飛ばし、BS6導入も、このEUでの経緯によく似ている。在インド米国大使館が毎日発表する大気汚染判定が国内外の環境NGOに注目されていて、6段階評価の最低ランクである「有害」が何日続くかが話題になっているらしい。この評価情報がネットやSNSで拡散し、一部の政治家がこれを利用するという流れもあったと聞く。「デリー最高裁が2015年に下した裁定がそのまま置き去りにされている」と。ただし、中国でのPM2.5騒ぎのときもそうだったが、インドの大気汚染も自動車排ガスというよりは「社会活動全般の活発化と野焼きの影響が大きい」と冷静な人たちは分析する。
BS6導入が4月に決まってから、インド国民の間には「古い規制しか満たしていないクルマは即座に乗れなくるのか」という不安が湧き上がった。政府は登録期間中はそのまま乗り続けられます」とアピールしているが、額面どおり信じない人も多い。「BS6規制車に普通のガソリンを給油すると故障する」とのウワサも広まっている。そして、自動車メーカーは短期間でのBS6対応を迫られた。
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