快適性はやや犠牲にされているが安価なうえ積載能力は桁外れ 〈試乗記:ホンダN-VAN 6速MT車〉望外に小気味よいシフトフィールとエンジンの吹け上がり、そしてハンドリング。これは背の高いマイクロスポーツカーだ!
- 2019/05/11
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遠藤正賢
ミッドシップレイアウトが特徴のアクティバンおよびバモスの後継モデルながら、新型二代目N-BOXをベースに左側BピラーレスボディのFFパッケージを採用し、2018年7月に誕生した軽バン「N-VAN」。このクルマには、ミッドシップピュアスポーツオープンカー「S660」のものをFF&4WDに対応させた6速MTが、NA(自然吸気)エンジン搭載グレード全車に設定されている。その最廉価モデル「G・ホンダセンシング」のFF車に、市街地を中心として高速道路も交えながら試乗した。
REPORT●遠藤正賢(ENDO Masakatsu) PHOTO●遠藤正賢、本田技研工業
前述の左側Bピラーレスボディがもたらす荷物の積み下ろしやすさや、助手席まで完全フラットになるシートアレンジ機構とそれを活かしたバイク用トランスポーターとしての積載能力の高さ、またCVT車やターボ車の走りに関しては、下記をはじめ多くの記事で詳しくレポートされているので、そちらをご覧いただきたい。ここではN-VAN 6速MT車の走りが楽しいのかどうか、その一点に特化してレポートする。
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まず6速MTだが、S660のものをベースにしているとはいえ、無論全く同じではない。ミッション本体からシフトレバーまでの取り回しは、S660がリヤからセンタートンネルへシフトケーブルを伸ばしたフロアシフトなのに対し、N-VANはフロントからインパネ中央下部、さらには上部へと伸ばしたインパネシフトである。
そして当然と言うべきか、残念と言うべきか、片やピュアスポーツ、片や商用バンという対極の性格が6速MTにも反映されており、N-VANのものはS660よりはシフトストロークが長く、操作力はシフト、クラッチとも軽めになっている。
とはいえそれでも他社なら「これがスポーツモデルのMTです」と主張してはばからないであろうレベル。インパネシフト化によってもたらされた、スムーズながら短くソリッドなその感触はやはり「ホンダ車らしい」と断言できる絶品だ。ペダル配置もアクセルとブレーキが極端に離れたヒール&トーを拒むようなものでは決してなく、しかもS660用よりギヤやクラッチの耐久性は高められているというから、初心者でも臆することなくシフトワークの練習に励めるだろう。
なおギヤ比は、S660がターボ、N-VANがNAエンジンと組み合わされるうえ、車重はS660の830kg+2名に対しN-VANは930~1000kg+2名+積み荷300~350kg、前面投影面積に直結する全高に至ってはS660の1180mmに対しN-VANが1945mmということもあり、圧倒的に後者が低い。そのうえ駆動輪のタイヤサイズ=外径自体も、S660の195/45R16=582mmに対しN-VANは145/80R12=537mmと小さいため、同じペースで加速しようとすれば必然的にN-VANの方がシフトチェンジは頻繁になる。
【6速MTのギヤ比比較】
S660 N-VAN
1速 3.571 3.923
2速 2.227 2.318
3速 1.529 1.606
4速 1.150 1.097
5速 0.869 0.829
6速 0.686 0.634
後退 3.615 4.454
最終減速比 4.875 6.307
では、その6速MTと組み合わされる、S07B型NAエンジンはどうか。ボア×ストロークは60.0×77.6mmという超ロングストローク型なうえ、新型N-BOX用に対しVTEC(可変バルブタイミング・リフト機構)は省略されているのだが、その吹け上がりは鋭い。またレッドゾーンの7000rpm付近まで引っ張った時は、ホンダ車らしく甲高いゴキゲンなサウンドを堪能できる。
だがレスポンスに優れるかといえば、常にそうとは言い切れない。特にシフトダウンのためクラッチを切りブリッピングしようとしても、アクセルペダルを一瞬踏み込んだ程度ではほぼ無反応。強く意識して長く深く踏み込まなければ回転が上昇しないため、ややフラストレーションが溜まるというのが正直な所だ。
ハンドリングや乗り心地、静粛性についても言及しておきたい。結論から言えば、新型N-BOXよりは数段落ちるものの、軽バンということを考えれば、例え空荷の状態であっても望外に軽快かつ快適だ。大きな凹凸が続くとリヤが跳ねてそれがなかなか収まらない傾向はあるものの、それ以外の状況では路面からの入力をしなやかにいなす。また操舵に対しレスポンス良く旋回しながら、ゆっくりと粘るようにロールしていくため、2m弱に達する全高ながらも旋回時の不安は極めて少ないと言えるだろう。
助手席側Bピラーレス化と荷室容量拡大、最大積載量300~350kgへの対応を主眼として、ボディはサイドシルとリヤフロア、シャシーはリヤサスペンションを大幅に強化。前後スプリングをプログレッシブレート化する一方、ダンパーはN-BOXと同じ高応答タイプを用いており、軽バンとしては異例なほどのコストのかけようだ。
ただし、ユーザーのランニングコストに直結するタイヤはあくまでバン・小型トラック用のもの。ボディ側のNVH対策もN-BOXと同じであるはずはなく、粗粒路でのロードノイズはあくまで「アクティバンよりは静か」というレベルに留まっている。
また運転席は、「乗用車と同等のゆったりしたサイズの骨格を用い、長時間運転しても疲れにくい設計にした」とホンダは主張しているが、それが正しいと思えるのは背もたれのみ。座面は見た目通りサイドのホールド性が低く、座面前端のキックアップも緩いため太股から膝裏にかけてのフィット感にも乏しい。そのため、ほぼヒップだけで座っているような状態だ。しかもMT車にはフットレストが備わらないので、少しでも速い速度で旋回すれば、すぐに下半身を横Gにさらわれてしまう。
しかしもっと深刻なのは助手席だろう。格納時に完全フラット化な床面を実現するためとはいえ、余りにも絶対的なサイズが小さく、また形状は平板で、ホールド性は皆無に等しい。身長156cmの母を乗せたところ、わずかでもロールさせて旋回すると即座に「もっとゆっくり曲がりなさい」とお叱りを頂戴した。
荷物を載せた状態でコーナリングを頑張ればすぐに積み荷が倒れ、大事な商品や商売道具、愛用のツールやバイクを傷めかねないので、こうしたシート設計は注意喚起の観点においては理にかなっていると、好意的に解釈することもできる。だが、短距離中心のビジネスユースではなく、長距離長時間走行がメインとなる一般ユーザーのレジャーユースとなると、助手席はともあれ運転席さえもそのニーズを満たす水準には届いていない。ワインディングをスポーティに走るのは言うに及ばず、だ。
このようなN-VAN 6速MT車に二日間試乗して、抱いた印象を一言で表現しようとして思い浮かんだ言葉は「背の高いマイクロスポーツカー」だった…良くも悪くも。快適性は少なからず犠牲にされているが、乏しいエンジンパワー・トルクとタイヤのグリップを使い切り、低い速度で小気味よく走りを楽しめるというそのキャラクターは、まさにマイクロスポーツカーのあるべき姿だ。
しかもN-VANの6速MT車は、最も高価な「+スタイルファン・ホンダセンシング」「同クール」の4WD車でも車両本体価格は169万1280円、今回試乗した「G・ホンダセンシング」のFF車に至っては126万7920円と極めて安い。そして積載能力は並外れて高く、ヘルメットやレーシングスーツ、工具や交換用のタイヤなどを満載してサーキットに出掛けることなどお手の物だ。標準グレードの「β」でも198万720円の値札を提げ、荷物を置くスペースは助手席しかないS660と比較すると、その手軽さには天と地ほどの差がある。
ホンダは高価でMTの設定もないN-ONEではなくN-VANでワンメイクレースを開催した方が、エントラントはより低コストかつ短期間でドライビングスキルを磨けるのではないか。そんなことまで想像してしまうほど、N-VANはエントリースポーツカーとしての優れた素質を備えている。
【Specifications】
<ホンダN-VAN G・ホンダセンシング(FF・6速MT)>
全長×全幅×全高:3395×1475×1945mm ホイールベース:2520mm 車両重量:930kg エンジン形式:直列3気筒DOHC 排気量:658cc ボア×ストローク:60.0×77.6mm 圧縮比:12.0 最高出力:39kW(53ps)/6800rpm 最大トルク:64Nm(6.5kgm)/4800rpm JC08モード燃費:18.6km/L 車両価格:126万7920円
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