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かつてGMの担当者は「ホンダとのつながりができたことは神の思し召しだ」と語った。 なぜGMとホンダだったのか? GMとホンダの提携は「リスク分散」だ [ホンダとGM提携の舞台裏]

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日本ではほとんど知られていないが、GMはありとあらゆるものを試作する会社だった。フルードカップリングを使った大型車用の自動変速MTや鉄を使わない自動車ボディなどが、GM研究施設の倉庫には眠っている。筆者は「新しい研究は、予算10億ドルまでなら比較的すんなりと了承されるし、量産に移す必要もない」と聞かされて驚いたのを覚えている。日本なら100万円の予算を獲得するのも大変だというのに、GMは1000億円のR&D(研究開発)プロジェクトをいくつも抱えていたのだ。

モノにならなくても、やってみることが大事。筆者が知るGMのR&D部門はそういうところだった。だからBEV(バッテリー電気自動車)の開発も1987年ごろに始めていた。そして、現在のBEVが当たり前に使っているアクセルペダル入力に対するモーターとバッテリーの制御ロジックを、まだ鉛酸電池しか使えない時代にGMは完成させた。

1990年にこの試作BEVは、コンセプトカー「インパクト」として発表された。その2年前、オーストラリアで行なわれたソーラーカーレース「第1回ワールド・ソーラー・チャレンジ」にもGMは自前のソーラーカーを持ち込みワークスチームとして参加し優勝している。1990年発表の「インパクト」は、1996年に市販車「EV1」として発売された。1980年代後半からGMは、外部から電気エネルギーのエキスパートを迎え、彼らが社内を教育し、エンジニアがどんどん育っていった。

1996年1月4日、LA(ロサンゼルス)オートショー会場でEV1が発表されたその日、私はNAIAS取材のためデトロイトにいた。「うゎ〜LAへ行けばよかった!」と後悔した。GMブースをうろうろしていると、GMの広報担当者が翌1月5日の午前9時に始まる「サターン・ブレックファストミーティング」の招待状を私に手渡した。「来れば絶対にいいことがあるよ」と。

行って驚いた。そこにはEV1があったのだ!

1996年1月のLAショーで発表された電気自動車、EV1。
EV1

たった1台しかない量産試作前のEV1を、GMはLAからデトロイトへ空輸し、ショー会場に運び、きれいに磨き上げて飾ったのだ。「楽しいクルマだから、あなたもぜひ試乗に来て欲しい」とGMの役員から直に言われたのを憶えている。そして彼は「GMは何にでもチャレンジする。世の中がどう動こうが、我われは慌てない会社でいたい」と、非常に印象的な言葉を筆者に語った。

最初の年の1997年モデルEV1は、販売ではなくリースだった。以降もずっとリースだった。そして突然、GMはすべてのリース契約を打ち切り、すべてのEV1を回収した。この出来事はドキュメンタリー映画『だれが電気自動車を殺したか?』に描かれている。

カリフォルニア州のZEV(ゼロ・エミッション・ビークル=無公害車)は後退し、GMのEV1に触発されて各社がカリフォルニア州の販売店に投入したBEVはすべて供給打ち切りになった。GMは「電気で走るクルマがモノになること」を示し、プロジェクトを打ち切った。あとで聞いた話では、研究開発費込み、量産設備投資込みで計算するとEV1の市販価格は10万ドルに近かったそうだ。EV1の10年後に登場する初代トヨタ・プリウスも、車両価格215万円に対し製造原価が500万円以上だったと聞いている。

GMは長年燃料電池について研究を続けている。ホンダとの関係も深い。

2000年ごろ、BEVに代わってアメリカの自動車業界が開発に着手したのはFCEV(燃料電池電気自動車)だった。GMはこの分野でも先頭を走るトップランナーになったが、そのGMの横を並んで走ったのがホンダだった。

アメリカでのFC(燃料電池)スタック利用は1960年代にNASA(アメリカ航空宇宙局)が取り組んだジェミニ計画が始祖だった。ここで開発された固体高分子膜型FCは国防総省に注目され、のちにクリントン政権でのFCEV戦闘偵察車計画に結び付くが、すでに1966年の時点でGMは国産(ユニオンカーバイト製)の固体高分子型FCスタックを使ったFCEVの試作車を持っていた。

のちにカリフォルニア州でのFCEV実証実験でGMとホンダは接近する。筆者が上海のPATAC(GMが運営する中国のR&Dセンター)を取材で訪問したとき、FCEVを担当するGMのスタッフは「ホンダのエンジニアはFCのことをじつによく知っていた。アメリカでのFC研究のことも、だれが研究のキーマンだったかもよく知っていた。意見交換した回数は数えきれないほどだった」と筆者に語った。

GMとホンダがFCEV分野での協業を発表したのは2013年。じつはそれまでの間、両者のR&D現場は交流を持ち、それがだんだんと密になっていた。FCEV関連で両社が所有する特許は合計で約1200件。この数は2013年当時群を抜いていた。

水素は将来的には非常に有望だ。しかし、いまは利益にはならない。とはいえ、やめるわけにはいかないし他社へのリードは保っていたい。GMとホンダがそれぞれそう考えれば、FCEVでの協業という線は自然と出てくる。そして2013年の協業発表以降も、2017年にはFCEV基幹部品の共同生産を発表し、着実に知見の共有が進んでいることを窺わせた。同時に信頼の絆も深まっているはずだ。信頼関係なくして、このようなプロジェクトは成立し得ない。

2018年には自動運転分野で両社は提携した。GMが設立した子会社にホンダが出資し、知財を共有する体制になった。同時にBEV用2次電池の共同開発も発表した。自動運転についてこのころ、「レベル3は相当に難しい」と言われるようになっていた。システムが対応できなくなったとき人間に操作を代わってもらうのがレベル3だが、ひょっとしたらこれは不可能ではないかとも言われている。ホンダとGMはこの分野でも開発時間とコストをシェアすることにした。同様に、BEVの次世代電池も共有する決断を下した。

2020年4月、GMとホンダはBEVでの協業を発表した。あくまで「北米市場だけ」とは言うものの、GMと共同開発したBEVをGMの工場で生産してもらい、ホンダもそれをもらう。電池だけでなく車両全体での協業だ。

この発表の2カ月後、VW(フォルクスワーゲン)とフォードが「2019年に合意した包括提携への調印」を発表した。LCV(ライト・コマーシャル・ビークル=小型商用車)とBEVでの完全な相互乗り入れである。VWは乗用車ではプラットフォームを使い回す傘下ブランドを数多く抱えるものの、LCV分野は手薄でルノー/日産とグループPSAにかなわない。だからフォードとLCVで協力する。じつに単純明快な動機だ。同時に、フォードが設立した自動運転開発子会社・アルゴにVWが出資した。VW独自では開発に莫大な金がかかるからフォードと知見を共有する。これも単純明快である。

VWの電気自動車用プラットフォーム、MEB。

VWとフォード、ホンダとGMはリスク分散契約を結んだ。筆者はそう考える。いつ実用化するかわからないレベル3以上の自動運転。本当に普及するかどうかわからないBEV。いつ訪れるかわからない水素社会。しかし世の中はいまでも、おそらく10年先の将来でも燃料インフラが整っているICE(インターナル・コンバッション・エンジン=内燃機関エンジン)を積んだクルマを求める。ならば、ぜんぶひっくるめてリスクを分かち合うパートナーを見つければいい。

VWが開発したBEV専用プラットフォームMEBは、それまでのMQBプラットフォームを使ったBEVよりもはるかに低コストでBEVを量産できるだろう。VWは何も言っていないが、使われている鋼板種と、その接合のほとんどが電気抵抗スポットであることと、RR(リヤエンジン・リヤドライブ)でること(衝突対策がラクになる)と、インナー骨格がほぼ直線構成であることなどからの筆者の推測である。素材メーカーに意見を求め、生産ラインの動画を何十回も見て設備費を試算し、筆者がこれまでに行なった300回を超える工場取材での取材メモと1万枚以上の写真をベースに導き出した結論である。

それと、VWが打ち出している「ID.」ブランドのBEV商品計画と生産ラインの設置計画である。MQBを使った「e-ゴルフ」は原価が高い。しかしBEV専用プラットフォームMEBを使うと安くなる。これをフォードに使ってもらえればなおさら量産効果が出る。GMは8月半ば以降、報道向けサイトや米・オートモーティブニュースへのコメントなどでBEVの商品計画を少しずつ明らかにしているが、考え方はVWと同じだ。安く作れる設計と量産数の確保である。

VWがMEBを発表したとき、メディアの多くは「BEVに本気になったVW」と書きたてた。そもそもBEVをVWブランドではなく「ID.」という新ブランドに独立させた時点から、VWは世の中がBEVとICEV(内燃機関搭載車)のどちらに傾いてもいいような体制を作ろうとしてきた。その結果が、コストのかかるMQBでのBEV量産ではなくMEBの新設だった。もともとMQBは電動車まで視野に入れた設計だが、専用プラットフォームのほうが安いとVWはあとになって判断したのだ。

BEVとICEVの両立はメルケル政権との約束でもある。旧知のドイツ人ジャーナリストからは「どんなケースでも雇用を守ってほしいとVWは念を押された」と聞いた。欧州での報道を見ればVWの決意はよくわかる。いっぽう、アメリカはBEVに興味がないように見えるが、自動車業界はすでにICEVとBEVの両方を見ている。そしてGMはFCEVまで見ている。

トヨタも同じだ。トヨタはHEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)を中心に据え、2次電池を積み増せばPHEV(プラグイン・ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)になり、発電と駆動に使っているICEを降ろせばBEVになる。「電動モーター×2次電池」が電動車のパワートレーンであり、ここにICEを絡めているのがHEVだ。2次電池をオプションに位置付け、その増減でいかようにもパワートレーン仕立てられる。それがトヨタ方式であり、トヨタは電池技術もモーター制御技術も持っている。メディアは「BEVに出遅れたトヨタ」などと言うが、まったくの勘違いである。

トヨタはすべて自前でできる。VWは規模を含めてフォードをパートナーに選んだ。ルノーは日産のエンジンを使ったHEV/PHEVシステムを完成させ、これを展開する。オートモーティブニィース・ヨーロッパの記事には、日産ブランドもこのルノーのHEVシステムを使うと書いてある。いっぽう、BEVは日産に任せる。しかし、双方の技術資産は利用し合う。GMはホンダを選んだ。これらはすべて、どう転ぶかわからない時代のリスク分散を狙った動きである。そう考えれば、すべて辻褄が合う。

なぜGMとホンダだったのか。理由はひとつやふたつではないだろうが、基本は長年の信頼だ。GMは過去にいすゞ、スズキ、富士重工と資本提携してきた。しかし、「裏切られたことは一度もない」とGMは言う。ステンペルCEOからもワゴナーCEOからも筆者はそう聞いた。日本メーカー側も「GMはけして裏切らない会社だ」と言う。筆者が見聞きしたかぎりでは、曲者はヨーロッパのメーカーだと思うが、かつてローバーと資本提携していた時代のホンダは、互いにリスペクトし合いながらうまく仕事をしていた。要は経営陣の人格か。

世の中がどう変わっても慌てないでいられる会社でいたい。筆者は以前、GMの役員からそう言われた。この言葉はそのまま、現在のGM=ホンダ、VW=フォード、ルノー=日産/三菱、PSA=FCA(フィアット・クライスラー・オートモビルズ)といった提携関係の基本にあるように思う。資本提携するか、あるいは経営統合するかはまた、べつの思惑である。

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