エンジン車は、いつまで続くか。 その2「欧州はなぜ内燃エンジン(ICE)から逃げるのか」 2020〜2021年自動車産業鳥瞰図
- 2021/01/02
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牧野 茂雄
EU(欧州連合)は新車として販売される車両総重量3.5トン以下の自動車からのCO2排出量を、2021年から走行1km当たり95g以下に強化する。2020年末までの120gに対し約20%の削減であり、自動車メーカーごとにこの数値が監視される。ICE(Internal Combustion Engine=内燃エンジン)搭載車にとっては厳しい数値であり、EU政府はECV=エレクトリカリー・チャージャブル・ビークルと呼ばれる「外部から充電できるクルマ」、つまりBEV(バッテリー電気自動車)とPHEV(プラグイン・ハイブリッド車)に新車需要をシフトさせようとしている。筆者には、このEUの政策は中国が進めてきた電動化政策とダブって見える。EUも中国もICEから逃げようとしている。なぜか。
TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
EUの焦り
2017年9月にEUが発表した産業政策では「グローバリゼーション」「サスティナビリティ(持続可能)」「リーダーシップの強化」と言う言葉が目立った。その2年半後、2020年3月に発表した最新の産業政策では「カーボンニュートラル」「デジタル・リーダーシップ」が最優先事項として掲げられた。言葉だけを聞けば「環境に配慮しながら新しい産業分野でリーダーシップを握る」というふうにも受け止められるが、力強くて響きのよい表現に筆者は「EUの焦り」を感じる。
2019年12月、欧州委員会の委員長に就任したウルズラ・ゲルトルート・フォン・デア・ライエン女史は、前職がドイツ国防相だ。メルケル政権の閣僚から、初の女性EU委員長に選ばれた。筆者はこの方を知っているわけでもなく会ったこともない。ドイツに40年近く住んでいる日本人の友人や、ジャーナリスト仲間に過去の業績や人となりを聞いただけだ。ただ、奇遇なことに生まれ年と星が筆者と同じである。西洋占星術で言う「バランス感覚を持った天秤座生まれ」なのか、それとも中国の古い民間信仰である九星で言う「良き指導者としての六白金星」か。委員長選挙では賛成383票、反対327票という接戦だった。もしかしたら、選ばれるべくして選ばれたのかもしれない。
フォン・デア・ライエン委員長は就任演説のなかで構造改革を唱えた。そのベースの考え方は「再び強い欧州を!」だ。以前の思慮深く倫理的な欧州ではなく、世界経済のなかで存在感のあるEU企業を輩出することを狙っている。過去、EUの法規は域内企業に厳しく倫理観を問い、他国に対しては「政府による補助金が公正な競争を邪魔する」と抗議してきた。EU加盟国ですら、EU議会の判断いかんで企業への補助金交付が不当と判断されてきた。
こうしたEUの自制心がEU企業の発展を妨げてきた?
フォン・デア・ライエン氏や、デジタル化と競争政策を担当するマルグレーテ・ベステアー上席副委員長らが、本心からそう思っているとは思えない。フォン・デア・ライエン女史はドイツでネット規制などの法案を議会に提出してきた人だ。「公正な競争」と「倫理」には厳しい。だいたいEUの政治家は倫理を重んじる。
しかし、企業に厳しい規律を課してきた結果、EU企業の競争力は相対的に衰えた。中国企業が台頭しアメリカの巨大IT(情報技術)企業が情報を独占している。これは事実だ。フォン・デア・ライエン氏はEU委員長就任早々に「アメリカの巨大なIT企業や中国の製造業に対抗できるだけの競争力を政治主導で獲得する」と宣言した。これ以上EU企業が競争力を失うのを静観してはいられないとの決意だ。もう背に腹は代えられない。だから企業に補助金も出す。有望な分野には研究開発費を支援する。EU発足以来の方針大転換である。
そのなかのひとつが車載用のLiB(リチウムイオン2次電池)分野への投資である。2019年12月、EU議会はLiBなど電池分野の研究開発を進めるため32億ユーロ(当時の為替レート、1ユーロ=121.3円で約3882億円)を企業に資金提供する案を承認した。2020年3月に発表した新産業政策では「エネルギー集約型産業に対する近代化および脱炭素化を進めるための包括的政策の実施」「持続可能かつスマートなモビリティ産業への支援」などが決まり、この方面への資金援助案が続々と決まりつつある。以前のEUでは考えられないことだ。
5G通信などデジタル分野、AI(人工知能)、半導体、太陽光発電パネル、車載LiBといった分野でEU企業は中国に大きく先行された。ここで巻き返さなければEUに未来はない。そのためにはまず、EU域内に新しいデジタル&環境型ビジネスのプラットフォームを作らなければならない。これがEU議会を構成する議員に共通した認識だろう。英・ガーディアン紙やファイナンシャルタイムス紙の記事からEU委員会の動きをずっと探っていれば、これくらいのことはわかる。
なかでも自動車はもっとも高額で普及が進んだ耐久消費財であり、しかもデジタルソフトウェア、AI、半導体などすべてのアイテムを受け入れてくれる技術プラットフォームでもある。自動車産業をまったく新しいものに作り変える。この際ついでに、面倒なICEは捨ててしまえばいい。電動化でいい。EU議会とEU委員会はそう決心した。おそらく。
ここで少し過去を振り返る。欧州の自動車メーカーは、トヨタが世界初の量産HEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)であるプリウス(コンセプト)を1995年暮れに発表(発売は97年)して以降、しばらくはその対抗措置を考えていた。そのなかでGM、ダイムラークライスラー(当時)、BMWの3社連合が開発した2モードと呼ばれる方式が実用化された。アメリカではフォードがアイシン精機からシステムをまるごと購入することを決めた。しかし、欧州勢はこの3社連合以外にはHEVへは向かわず、ディーゼルエンジンとダウンサイジング(排気量縮小)ガソリンエンジンへと向かった。
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