よくわかる自動車技術:第10号 スターティングデバイスいろいろ トルクコンバーター/クラッチ/モーター トルコン? クラッチ? モーター? 大きくて重たいクルマをスムーズかつエレガントに走らせ始めるための工夫
- 2018/07/25
- Motor Fan illustrated編集部
トンのレベルの重さのクルマを発進させるのは大変な仕事である。しかも、いきなりつないだら機械への衝撃が大きく、乗員へのダメージもあることから、ソロリとスムーズに、演出をともなうならエレガントに走り始めなければならない。変速のための機構が多々あるのと同様に、発進装置にもエンジニアたちは工夫をいろいろ凝らしてきた。
TEXT:三浦祥兒(MIURA Shoji)
内燃機関を動力に使うクルマには必ず変速機が付いている。自動車のエンジンのトルクと使える回転数はかなり制約があるから、変速機がないと発進から最高速までの速度変化を作り出せない。では変速機があればそれでOKかといえば、もうひとつ重要な機構が必要となってくる。
発進装置、英語でいえばスターティングデバイスだ。
摩擦クラッチの種類と構造
何やら大げさな言葉であるけれど、要はクラッチのことである。ただ、「クラッチ」といってしまうとマニュアルトランスミッション(MT)にしか必要ないと思ってしまうかもしれない。しかし、クラッチはステップATにもCVTにも付いている。
いわゆる「クラッチ」と聞いて想像されるのは、おそらく摩擦クラッチだろう。黒い円盤を付けたり離したりして動力を断続するアレだ。金属板にゴム系の樹脂と摩擦粉を混ぜたものを貼り付けたものが一般的だが、チューニング/レーシングエンジンではメタル(主に銅系金属)やカーボン系のものも使われる。MTの場合はこれを発進の時だけでなく、変速時に動力を一時遮断するためにも使う。
AMTと呼ばれる自動MTやDCT/DSGといったツインクラッチ式のATも摩擦クラッチは使われる。一般的な自動車用摩擦クラッチはクラッチが大きな円盤一枚の「乾式単板」だが、スペースの都合で径を小さくしなければならない場合、単板では接触面が減って摩擦力が不足するので、何枚かを組み合わせた「多板」とし、大容量DCTでは変速機機構の中に組み込むためトランスミッションオイルに浸かった「湿式多板」とする場合がある。
乾式単板は構造が単純で摩擦面の素材を吟味すれば信頼性・耐久性も十分。しかもエンジンと変速機の間の狭いスペースに組み込めるから、設計側としても都合がよい。湿式多板は径方向のスペースは減る代わりに前後長が増えるのと、オイルに浸かっているために、締結していない時に攪拌抵抗が発生する。
クラッチは「摩擦板」というだけあって、締結/離合時に摩擦熱が発生する。常識的な使い方をしている限りそれが問題となることはないが、坂道発進やレーシングスタートといった状況で、エンジンを高回転にして半クラッチを長時間使うと、設計時の想定を超えた熱が発生して、摩擦板が炭化してしまう。こうなるとクラッチ交換だ。
MTの運転に慣れていないドライバーが半クラッチを使うと、すぐにクラッチ板がダメになってしまう。クラッチ操作を機械で行うAMTやDCTなら大丈夫かというとそうでもなく、渋滞でダラダラ半クラッチを使い続けると深刻な事態になる場合がある。
VWがDSGに乾式クラッチを採用した当初、この問題が発生した。勿論十分なテストはしたはずだが、日本のような熱帯地域でしかも渋滞ばかりの市街地走行は想定外だったのだろう。熱でクラッチシステム全体がフェイルしてしまったのだ。この問題は日本だけでなく中国でも炎上してしまい、VWはアジア向けのDSGを湿式多板式に変更することになった。
乾式は摩擦熱を空冷で冷やす構造で(そのためにクラッチのハウジングには空気取り入れ穴が開いている)、渋滞では空気がほとんど入ってこない(ばかりかエンジンの熱まで侵入する!)けれど、湿式多板はオイルが熱吸収をするので、その点は優れているのだ。
クラッチにとって実に厄介な半クラッチだが、その作業の半分以上はドライバーではなくクラッチ板自身が行なっている。
乾式クラッチは金属板に樹脂を貼り付けた構造と書いたが、実はその金属板は二枚に分かれていて、ほんの小さな隙間が開いている。クラッチ板がフライホイールに押しつけられる間にその隙間が撓んで徐々に結合する仕組みになっているのだ。一枚板のメタルクラッチでは半クラッチがないに等しいが、カバー側に撓み板を仕込んで半クラッチを可能にした製品もある。
流体クラッチの構造と効能
エンジンは停止状態からいきなりトルクを発生することができないので、アイドリングから徐々に回転を上げていってその間に変速機側に回転力を少しずつ与えていかないと発進できない。そのために有用な摩擦クラッチが、ほとんどのステップATとCVTには備わっていない。
その代わりに流体クラッチというものが付いている。
二枚の向かい合った羽根車があって両者は金属ケースに密封され、そこにはオイルが充填されている。エンジン側の羽根車が回転を上げるとオイルが攪拌され、その流れを受けて反対の変速機側羽根車が回り始める。これが流体クラッチの仕組み。
ATやCVTに付いている「トルコン」というのは、この流体クラッチのことを指している。なぜトルコンというのかというと、流体クラッチと同時にオイル流れをを反転させて変速機側の回転力を増加させる「トルクコンバーター」という付加物が付いているからだ。トルクコンバーターがなくても流体クラッチシステムは成立する。が、なにせオイルを間に挟んでいるためそのままでは発進加速がかったるくなりすぎるから付けて見たところ、これがシステムとして実に有効だ、というわけで本来添え物のトルコンが通称になってしまったのだろう。
初期のCVTではトルコンではなくAMTのように摩擦クラッチを電磁弁で離合する方式だった。けれど半クラッチが違和感丸出しとATユーザーから嫌われ、結局すべてトルコンに置き換わってしまった。
いまだに欧州製のAMTは発進や変速時に変なタイムラグがあるとイヤがる人が多い。ATユーザーだけでなく、MTユーザーでもそうだ。それは自分でクラッチ操作をしてないからそう感じるだけのことであって、実際のタイムラグは一般的なMTドライバーの方が多いと思う。CVTの「ラバーバンドフィール」もそうだけれど、日本人は駆動系のフィールに妙に敏感なのかもしれない。
摩擦 × 流体のハイブリッドクラッチ
ハナシが逸れてしまったが、トルコンは今や日本を走るクルマの9割に装備され、標準的なスターティングデバイスとなった。なぜかMTにトルコンを付けたクルマは存在しないけれど。だがトルコンにも問題がある。
湿式多板クラッチと同様、常にオイルを掻き回しているために抵抗が発生し、燃費には悪影響を及ぼすのだ。その対策として「トルコンに摩擦クラッチを付ける」という一種の泥縄が行われている。発進時だけトルコンを使い、速度が上がるやいなや中空軸の一方に付けられた摩擦クラッチを繋いでトルコンをバイパスしてしまう「ロックアップクラッチ」がそれだ。
空いた道路をクルージングしながら停止のために徐々にスピードを落としていく時、ATやCVT車の場合神経を集中させると、停止直前に駆動系に微かなショックが出ているのが分かると思う。ロックアップクラッチを繋いだままだとエンジンとタイヤが直結なので、車両の停止時にエンジンまで止まってしまう。だから止まる寸前にクラッチを離しているわけだ。
以前はそれほどではなかったけれど、今は燃費のための涙ぐましい努力が微に入り細を穿ち行われるため、クラッチの解放は本当に停止寸前ギリギリになってきている。ここでギヤが1速まで落ちているとショックも大きいから、多分もっと高いギヤで停止するのだろう。停止寸前にガバッと加速しようとしたら、クラッチを繋いで大急ぎでギヤを落とさなければならないわけで、変速機は結構大変な仕事をしていると思う。まさに協調制御の成せる技である。
MTにもATにもCVTにも必ず何らかのスターティングデバイスとしてのクラッチが付いているけれど、昨今まるでクラッチのないクルマが数を増やしてきた。EVとハイブリッドである。
モーターはエンジンと違って、回り始めた途端に最大トルクを発生するからスターティングデバイスは不要。電車を見れば分かる。
ピュアEVはもちろんだし、ハイブリッド車も発進にはモーターを使うからスターティングデバイスは要らない。しかし違う意味でのクラッチは要るのだ。
ハイブリッド車ではエンジンは必要に応じて運転/停止を繰り返す。初期のパラレル式のようにエンジンとモーターが直結で常にエンジンが回っているなら別だが、モーター走行からエンジンに切り替わる場合、またその逆の場合、エンジンとモーターを繋いだり離したりするのにクラッチが必要になってくる。さらにハイブリッド車では専用のエンジンスターターを持たず、駆動用モーターにその役を負わせるのが通例だから、そのためにもクラッチが要るというわけだ。
欧州流48Vマイルドハイブリッドでは、モーターはごく小出力のものを使い、発進・加速時だけモーター駆動を行う。これも言ってみれば一種のスターティングデバイスだろう。
世の中のクルマがすべてピュアEVにならない限り、自動車にはスターティングデバイスが必要なのである。
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