空気とクルマの関係——ときには邪魔に、ときには味方に
- 2019/10/12
- Motor Fan illustrated編集部
クルマが地球上を走るなら空気とは否が応でも付き合わなければならない。エンジンが上手に燃料を燃やすために空気をうまく使っているのと同様に、静かに速く滑らかにクルマを走らせるためには空気と折り合いをつける必要がある。ある面では高効率化の助けとなり、いっぽうでは性能の限界を痛感させられる。人間の都合でどうこうできる相手ではない。敵は厄介である。
近年は空調の性能も著しく向上し、一年を通して飛散する花粉などの塵芥や悪臭の流入を嫌うこともあり、外気を直接室内に取り込みながら走るクルマを見かけることは少なくなった。高速道路に入ると窓を閉めるように、走行中にサンルーフから顔を出すと息ができないように(危険だからやってはいけない、念のため)、カウルなしのバイクで100km/hで走ると身をかがめたくなるように、高速で走行する移動体への空気の影響は大きい。その存在をなくすことはできないので、ならば影響を最小限にとどめて高効率をねらうのである。
容易に想像できるように、空気を切り裂くように進むためにふさわしいのは砲弾のような形状である。空気の流れやすさを示す抗力係数において、よく言われるのが流線型。フールマン(独)によれば、流線型回転体において先端形状が尖っている/丸まっている、後端形状が尖っている/丸まっている、横から見たときの最大径が前寄り/中間部という形状検討では、先端が丸く後端は尖り、前寄りの最大直径形状のものがCD0.0220と、もっとも抗力係数が小さかった。同様に、アボット(米)の風洞実験によれば、全長/直径=4.5の値が抗力係数にもっとも優れている形状という。
有史以来、クルマは速く走ることを追求し続け、たとえばアルファロメオの前身・ALFA社の40/60HPアエロディナミカなどは紡錘型のボディを当時のシャシーにそのままかぶせた格好をしているが、その後それらのようなクルマは定着することはなかった。クルマを速く走らせるためには形に工夫が求められるわけだが、ただし決定的に異なるのが、自動車は鉛直方向への移動がほとんどなく、むしろ駆動力をきちんと発揮するためには地面に押し付ける力が必要だからである。浮いてしまっては性能を発揮するどころではなく、危険きわまりない。
そこで、たとえば理想の形状として流線型を水平方向で二分割した上半分を定義したとしても、実際のクルマには機械構成や乗員配置を考慮する必要がある。ぺちゃんこにすればいかにも空気はきれいに流れそうだが、人が座る高さが稼げずエンジンも収められなければ本末転倒。実際には、現有のプラットフォームやシャシー部品、パワートレーンを用いながらそれらをうまく納める必要がある。全体としての形状を、技術と生産の都合を勘案し、効率と美しさを兼ね備えながら仕立てていかねばならない。パッケージングとデザインの両立である。
いっぽうで、いかにも邪魔者扱いされる空気の存在を味方として引き入れることもある。最たる例が揚力のコントロールで、先述の駆動力確保のための下に押し付ける力を、空気の力を借りて増強するのである。方策もさまざまだ。黎明期には葉巻型だったF1がウイングを備えることで、ダウンフォースによってエンジン出力を余さず駆動輪に伝え、旋回性能を著しく高めることに成功しているのはご存じのとおりである。ただし、これらは抗力係数の悪化につながるのも事実で、どこに効果を発揮させるかを考えた、バランスをとった設計が求められる。
かたちが材料の仕込みだとすれば、各部のリファインは調理の仕方である。ぶつかってくる空気を、形状の工夫によっていかに上手に流すかを考える。沿わせ、はがさず、うしろへ抜く。ちょっとした角度の違い、付加物の有無、曲率の多寡によって空気の流れは大きく異なってくる。長年の経験則と、可視化技術と、風洞などの実験などを繰り返しながら、形状を煮詰めていく。
当然ながらフロントグリル周りからはエンジンの燃焼のために新気を可能な限り取り入れたいし、熱交換器には効率良く空気を当てて冷媒を冷やしたい。しかし開口部を大きくしてしまえば空力性能は大きく損なわれ、走行性能に支障を来してしまう。
近年、ハイブリッド化が進むことで中低速域でのEV走行の機会が増えている。最大の騒音源のひとつであるエンジンが休止していれば、それまで耳に届かなかった騒音が聞こえてくるのは当たり前で、それゆえ振動騒音対策は新たな次元に突入。風切り音や笛吹き音、吸い出し音といった走行にともなう空力性能の改善がいっそう求められている。車体下周りの対策が進むのも特徴のひとつで、下面が軒並みパネルによって覆われているクルマも珍しくなくなってきた。下周りへ積極的に空気を流し、早く抜くことで先述の揚力コントロールにも効果がある。空力において最大の難関のひとつであるホイール周りの乱流制御にも少なからず寄与する部位だ。
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