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TEXT:牧野茂雄 Motor Fan illustrated Vol.65「V型12気筒の作り方」 「21世紀の自動車工業とV12の関係」 新型センチュリー登場で消える国産V12

  • 2017/10/08
  • Motor Fan illustrated編集部
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国産唯一のV12エンジン 1GZ-FE型5.0ℓエンジンを積む現行センチュリー。

地球上での自動車生産台数は年間約8000万台。このうちの大半はエンジン排気量2000cc以下の乗用車であり、V12エンジンを搭載する乗用車は0.1%にも満たない。しかし、その需要は確実に存在する。
オーナーが後席乗員であるというスタイルでは、むしろ将来に期待できそうな気配さえ感じる。

2012年VW ドイツ・ドレスデン工場のフェートンの生産ラインの写真

過日、トヨタ・センチュリーの個人タクシーに乗車した。V12エンジンを積む日本で唯一の乗用車である。まったくの偶然であり、じつに幸運だった。自分で運転した経験はわずか2度だけ。後部座席の乗員として長距離を走った経験は1度だけ。あとは、ほんのちょい乗りで数回。センチュリーのタクシーに乗る機会は初めてだった。後席は適度にクッションが柔らかく、お尻をすっぽりと包み、その状態で背もたれが上半身をそっと支えてくれるという印象である。センターアームレストとドアのアームレストに自然と前腕を載せたくなる。そして足を組んでみたくなる。お尻は座面の奥のほうまで押し込み、背筋を伸ばした姿勢で座る。その片足着地姿勢でも、アームレストがちょうどいい位置にあるため、身体が揺さぶられることはない。不快なフロアの振動もない。

そして、足組み姿勢のまま横を向くと、Cピラーと窓の位置関係、それと窓ガラスの天地方向の大きさに、思わず「いいなあ」と声を出してしまう。窓の外を眺めながら、このままどこかへドライブしたいなぁという誘惑が頭に突き刺さる。V12エンジンが、静かに、粛々とクルマを加速させる。そのボディの中にシートがあり、自分が座っている。ひさびさに乗ったからなのかもしれないが、V12うんぬんは忘れて、道路交通のなかにもこういう空間を作ることができるのだ、とあらためて感心した。マイバッハの後席は、まさに贅沢だった。センチュリーは華美ではないが、その奥ゆかしさが日本的でいい。ロールス・ロイスは、贅沢さではなく威厳で押してくる。あのムードは唯一無二のものだが、私にはとても馴染めない。センチュリーは馴染める。ジャガーXJクーペのV12仕様は、自分でステアリングを握るクルマとして「ああ、これ以上の贅沢はないな」と感じた。2ドアであることが、何とも特別だった。センチュリーにクーペがあればいいのになぁ、と真剣に思う。アストンマーティンのV12モデルは、人生の最終目標としてとっておく。少し古めのV12エンジンを積んだアストンマーティンに「60代前半のうちに乗りたいなぁ」と思っている私は、充分にミーハー中年であり、センチュリーとならべて自宅のガレージに収まっている(そんなガレージはないのだが)姿を想像し、鼻の穴を広げてしまう。そして、V12に特別な「何か」を感じている自分に気付く。

V12エンジンを積むリムジンのイメージは、まず国家元首。首相のクルマではなく国王のクルマだ。次に企業の社長車。雇われ社長ではなく、しかるべきパーセンテージで自社株を所有しているオーナー経営者。日本の経営者のみなさんには、ぜひV12センチュリーに乗っていただきたい。じつはあのクルマ、自分で走らせても素晴らしいのですよ。V12をミッドシップに積むスポーツカーは、それはそれで象徴的なのだが、個人的な「欲しいものリスト」には入っていない。自分でクルマを操るのであれば、むしろ直4横置きのほうがいい。

軽いクルマで全天候フルタイム4WDなら充分。ランサーエボリューションXにはV12と同等の価値があると思う。

2017年 メルセデス・マイバッハ Sクラス S650は依然としてV12を搭載する。

世の中を見回すと、V12はリムジン専用になりつつある。今後VW(フォルクスワーゲン)がW12エンジンをどうするかは興味深いところだが、スタディとしてはホイールベースを延長したリムジンを製作した。同じドイツにはマイバッハがあり、あらゆるオーダーに応えるサービスを売りにしているが、一国の国産車にV12リムジンの選択肢が複数あるというのはすばらしい。ロールス・ロイスとアストンマーティンは、まさに英国コンビであり、とても魅力的な組み合わせだが、企業としてのロールス・ロイスはBMWがオーナーである。その意味では、ドイツが世界最大のV12産出国だ。いや、英国にロールス・ロイスとアストンマーティンが健在であることのほうが、現在の自動車工業のあり方からすると興味深い。部品と設計を標準化し、それを使いまわし、量産効果で利益を得るのが現在のスタイルであり、10万ユーロ、あるいは10万ドル・クラスのクルマでも、そのスタイルで造られる。

上の写真はVWのドレスデン工場にあるフェートンの生産ラインである。ガラス張りであり、フェートンを注文したオーナーなど見学者が最終組立て工程を観察することができる。このクラスのモデルでも、このように量産されるのだ。ほとんどを手作業に頼る少量生産は、たしかに英国が得意とするところではある。かつてのBL(ブリティッシュ・レイランド)がローバー・グループ、MGローバーを経て破綻し、いまや英国の自動車工業はGM/フォード/トヨタ/日産/ホンダという外資が大半を占める。しかし、少量生産の自動車メーカーはいくつかが存続し、高額なリムジンやスポーツカーに特化したビジネスを展開している。同時に、エンジニアリング会社の存在が英国自動車産業の地位を保つことに役立っている。これも、ひとつの国の自動車産業の生き方である。

(この原稿は、2012年2月発売のMotor Fan illustrated Vol.65に掲載されたものです)
次ページへ続く

国産唯一のV型12気筒エンジン トヨタ1GZ-FE型が消える

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