どんな道でもほぼ安全に走れる制御こそ、自動運転化時代に重要となる 【牧野茂雄の自動業界車鳥瞰図】ダイナミシストの仕事とは?
- 2019/07/15
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牧野 茂雄
もうひとつ、私が期待しているのは絶対的スタビリティである。「どんな道でもほぼ安全に走る」という制御だ。自動運転でもドライバー運転でも効く制御をイメージしている。凍結路のような極低ミュー路で、しかも左右輪が異なる摩擦係数の路面の上に乗るスプリットミューで、なおかつ下り坂と上り坂が折り重なり、連続するカーブはすべて曲率が違う……という状況でもほぼ安全に走れる自動制御。自動操舵入力と路面反力の比率を常時推定し、自ら修正しながら、しかしタイヤの摩擦円は使い切らず、なるべくインフラの支援を受けずに安全に走れるようなスタビリティ制御だ。
車両進行方向のズレや車線逸脱に対しては現在、ブレーキを「ちょっとつまむ」制御が使われる。いまや義務になったESC(電子制御スタビリティコントロール)の制御であり、ドライバーがブレーキペダルを踏まなくても油圧が供給され、隠し味のような制御を行なう。これがもっとも安価だ。しかし、下り坂の低ミューかつ部分的スプリットミューという状況でどこまで制御が追いつくだろうか。ましてや自動運転の場合はどうか。前方画像認識のAIではなくダイナミクスのためのAIは、果たして熟練ドライバーの代わりを務められるか。「きょうは雪なので病院からのお迎えの自動運転タクシーは運休です」と逃げるわけにはいかない。
ブレーキをちょっとつまむ簡易制御の対極に位置する方法が、カメラを使って前方路面を読み、近未来に自車が踏む路面に対して「身構え」る制御だ。メルセデス・ベンツSクラスのAMGクーペでこの機能を体験すると、その安定した動作とフラットライドに感心する。ただし、システムは複雑で高価だ。降雪時・積雪時に体験したことがないため全天候性は未知数だが、およそ普通の乗用車が走れる舗装路という範囲内ではほぼ完全動作だそうだ。
世界的にMaaSが注目されているが、複数の公共交通機関をシームレスにつなぐという手段は、日本の過疎地域では使えない。公共交通機関という大前提がないのだ。ドア・トゥ・ドアの移動は自家用車かタクシーでしか実現しない。自動運転車両が求められているのは過疎地であり、これが実現すると、介護や医療も含めたさまざまな問題に解決の道筋が拓けそうな気がする。
カーナビやクラウド上の地図データと準天頂衛星からの信号を使い、車載カメラの映像と併用すれば、視界が極めて悪くても「どこが路面なのか」を特定することはできるだろう。刻々と変化する自車位置、車両の横G、ヨーレート、4輪のスリップ率、加加速度などの情報を車載ECU内のカーモデルとの照合でうまく処理すれば、積雪寒冷地でも冬場に自動運転タクシーの運行が可能になるのではないかと素人ながらに思う。ここはAI(人工知能)というよりアクチュエーションとビークル・ダイナミクスの領域である。
地震国日本では道路が1年間に数センチ動くことなど珍しくない。正確なデジタル地図を用意しても2~3年で修正が必要になる。安価で耐久性に優れた小型の磁気センサーを道路に一定間隔で埋め込む手もあるだろうが、できれば車載装置で完結したい。クルマの走行を「セーフ・アット・エニー・シチュエーション」にするためのサイエンスを考え、それをテクノロジーとして具体化することが、市販車ビークル・ダイナミクスの課題のひとつだと思う。
かつて1970年代、米国でレモンカー(欠陥車)騒動が起きたとき、活動家のラルフ・ネーダー氏は自動車を「アンセーフ・アット・エニー・スピード」と斬った。どんな速度でもクルマは安全ではない。と。衝突安全基準はここで生まれ、育っていった。次は日本が「セーフ・アット・エニー・シチュエーション」を目指してほしいと願う。
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