中国の「若手自動車技術者」像を追う。 時代はもう「たがが中国」ではない。「されど中国」だ。
- 2020/12/14
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牧野 茂雄
中国ではR&D(研究開発)分野を担う中堅どころが「圧倒的に足りない」と聞く。米国に留学しMBAを取得したエリートはいる。若手のIT(情報通信)技術者も大勢いる。しかし、内燃機関や機械を学んだ30歳代半ばより上の年齢層では、経験のある技術者や大学で機械・素材といったサイエンスを教える教員はまったく足りていない。層の薄さはITで補う。そんな印象を抱く。
TEXT & PHOTO◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
21世紀に入って外国資本との「合作」が活発になって以降、中国の国営自動車メーカーは提携先の外資企業に技術移転を求めた。いっぽう、非国営メーカーはエンジニアリング会社から設計を購入した。こうした例はたくさんある。しかし、技術移転を受け入れ、それを自社の技術に落とし込むための人材、設計委託例を自社の知的財産として蓄積するための人材が足りない。
だから中国は内燃機関エンジンではなく電動車へと活路を見出そうとNEV(New Energy Vehicle=新エネルギー車)普及へと舵を切った。しかし結局、自動車には丈夫なボディが必要であり、自動車を道路に沿って動かすためにはステアリング(ハンドル)やサスペンションなど機械アクチュエーターが必須である。ここがいまだに中国自動車産業のエアポケットだと言える。
中国メディアの仲介で、筆者はこの数年間で自動車メーカーに勤める30名ほどの若手技術者を取材した。年齢は30歳前後から40歳前半、経験年数6〜12年というあたりが平均だ。この取材を通して筆者が感じたのは「先生不足」である。本来、自動車技術者としてひと通り知っておくべき知識があいまいなのだ。
「クルマを運転することが好き」という男性は、大学で運動力学、熱力学、材料力学も学んだという。しかし、興味があるのはITであり、電子機器以外の知識が乏しい。筆者が専門的な質問すると「よくそんなことを知っていますね」と驚く。「自動車の運動性能は電子制御でどうにでもできる」と彼は言った。
筆者が長年仕事で交流を持ってきた中国自動車メディアの元編集長は40歳代前半であり、国営出版社ということもあってひと通りの自動車技術教育を受けている。自動車を運転し評価するという部分でも教育を受け、実践を重ねてきた。その意味ではオールラウンダーであり、自由記者(フリーランスのジャーナリスト)がいないなかで出版業務を行なう出版社にとって、こうした基礎教育は当たり前なのだ。それだけに、彼のようなメディア人にとっても「いまの20歳代の若手エンジニアとは意見が食い違う」と言う。
中国の自動車メーカーで仕事をする40歳代の技術者氏はこう言った。
「プレイステーションのようなゲームで自動車に興味を持ち、ゲーム内のプログラムで車両のパラメーター設定を変えると『速くなる』ことを体験し、セオリーも何も知らないのに自分は設計ができると勘違いしている若手は少なくない」と。
また、中国の大学で工業デザインを教えている教授は
「いまのデザイナー志望学生は彼らより10歳以上年上で日本のロボットアニメに大きく影響された世代よりもさらに想像力に欠ける」
と言う。15年間で急拡大した中国自動車産業が陥った隘路は「自分の頭で考えられる技術者の決定的な不足」に思う。
この話をある日本人デザイナーにしたら、こんな答えが返ってきた。
「いや、そもそも彼らは立体認識の感覚が日本人より優れている。昔から日本の絵画は2次元の世界だったが、中国人は遠近感と陰影の使い方がうまい。そのうちデザシンを学ぶ学生が増えたら、日本は逆転されるかもしれない」
と。
「そうならないように、我われベテランが指導すべきなんだけれどね」とも付け加えた。
筆者がインタビューした中国人の若手技術者の10人以上から「機械にあまり興味はない」「素材のことはよくわからない」と聞いて驚いた。彼らは国に数万人いる自動車技術者のなかのほんの一部だが、筆者が過去に直接会話を交わした日本人や欧米人の若手ともタイプが違う。シミュレーションソフトを自在に使いこなし計算は得意だが機械に弱い。そんな印象を受けた。たしかに日本でも欧米でも、自動車技術者の姿は変わった。シミュレーション万能へと傾いた。しかし、中国の場合は自動車産業の下地がなかっただけに、なおさらデジタル思考が強いように感じられる。
これが端的に表れているのが、時代の寵児とも言えるBEV(バッテリー電気自動車)スタートアップ企業、いわゆる新興メーカーである。80社ほど林立した割に実際の商品を完成させた企業、あるいは生産設備を持っている企業があまりに少ないため、中国政府はこれらの淘汰整理を断行した。残った会社は5社ほどだ。実際、中国のモーターショーでBEVスタートアップ企業の技術者と話をすると、コンピューター内にあるバーチャル図面しか知らない例がほとんどだ。
モーターショーへの出品のため設計データを実物大モデルに仕立てるのは外注先企業であり、自動車として成立しないような致命的な設計ミスの手直しはエンジニアリング会社が行なうか、自動車メーカーの技術者にアルバイト料を支払って手伝ってもらうというレベルだ。なかには「どうせハリボテだからカッコ良ければいい」というものもある。一時期、日本のメディアは中国の新興BEVメーカーをもてはやしたが、実態は玉石混交であり、しかも石のほうが多い。
いっぽう、従来からの自動車メーカーには、会社ごとに技術の流儀のようなものがあるようにも感じた。この切り口で筆者なりに分類すると、エンジニアリング会社やサプライヤー(部品メーカー)に頼りながらも自力でのし上がってきた吉利汽車、長城汽車、比亜迪(BYD)汽車、奇瑞汽車といった非国営メーカーではそれなりに技術者が育ち、クルマ作りのシステムが社内に出来上がっている。
ある日系サプライヤーの技術者は
「長城のエンジニアは真面目で仕事熱心だ。新しい技術への関心度も高い。会社はサプライヤーから接待などを受けることを禁じている。日本の技術を尊敬してくれている」
と言う。
吉利汽車については、別の日系サプライヤーが
「買収したボルボにおんぶに抱っこという感じだが、ボルボというネームバリューが若い人材を引き寄せた。国営大手自動車メーカーよりも実力があるように感じる」「いずれにしても経営者の個性がR&D組織にも反映されている」と評した。
2001年に筆者は、吉利グループの現CEOである李書福氏に初めて会った。当時の吉利はまだ小さなローカルメーカーだった。トヨタにライセンス料を支払ってエンジンの設計を購入し、古いダイハツ「シャレード」のボディをリバースエンジニアリングによってコピーし、ちょっとカッコ悪いクルマを売っていた。しかし、話をすると自動車への情熱には並々ならぬものを感じた。
「いつかデンソーやアイシン精機の部品を使ってクルマを作りたい」「だから、若い技術者を育てるため大学も作った」
と語っていた。
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