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「バッテリーEVが変えるのは、表層だけ」アップル、ソニーの電気自動車の可能性 電動化は自動車産業を変えるか・後編

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もう20年以上前から「BEVになれば自動車の部品点数が劇的に減る。だれでも自動車を作れるようになる」と言われてきた。たしかにICE(内燃エンジン)車に比べれば排ガスがなく、この分野の規制からは逃れられる。しかし衝突安全性や歩行者保護規定はICE車とまったく同じであり、ボディ設計にはノウハウがいる。

また、BEVは油圧系が不要かというと、そうではない。メカニカル(機械式)ブレーキの作動は油圧である。まだ電動ブレーキは実用化されていない。ブレーキ・バイ・ワイヤーという電子制御機構は実用化されたが、最終的にブレーキ摩擦材をブレーキディスクに押し付ける動作は油圧だ。ステアリングはICEでもいまや電動が主流だから、ここは共通。エアコンはICEも電動コンプレッサーを使うからこれも同じ。ただしエンジン熱をヒーターに使えるICE車と違ってBEVはヒーターも電動になる。

ICE車でコストがかかるのはパワートレーン(エンジン+変速機)だから、これを電動モーターに置き換えられる点は、たしかにコストと設計の煩雑さから解放されるから恩恵だ。その代わりBEVには2次電池がいる。そこそこまともな航続距離を得ようと思うと、車両製造原価の30%以上は2次電池代になる。これはたしかに、コスト配分で「自動車産業の構造を変える」要素にはなる。

BEVに異業種から新規参入する場合、とにかく2次電池コストは「下げたい」と思うだろう。中国から買ってくる? ただし中国製の2次電池にも松・竹・梅があり、安全性の面できちんと品質を確保している2次電池はそれ相応の値段になる。日本製よりは安いが、車両製造コストの20%以下に電池代を収めるのは難しいだろう。

それとソフトウェアだ。「もはやクルマもソフトウェアの時代」というのは正解である。しかし、これもとっくの昔に起きた変革であり、現在はコネクテッド(外部ネットワークとの接続)やADAS(高度運転支援)という付加機能のソフトウェアが話題になっているだけで、その考え方の基本は「クルマは新しいものを何でも引き受けてくれるビジネス・プラットフォーム」という、自動車業界を外から見たときの印象をベースにしたものだ。そう簡単に自動車メーカーは買ってくれない。納入までのハードルは高い。けして売り手市場ではない。

2020年のCESで発表されたソニーのVISION-S

2020年1月のCES(筆者が通っていた時代はコンシューマー・エレクトロニクス・ショーと呼ばれていた)でソニーが披露したVISION-Sは大きなサプライズだった。「ソニーが自動車に参入か?」とメディアは興奮した。しかしVISION-Sは、コンセプトメイキングと設計思想はソニー流だが、実車は前述のマグナ・インターナショナルのなかのマグナ・シュタイアーが製作した。部品を提供したのはロベルト・ボッシュ、ZFフリードリヒスハーフェン、コンチネンタルの独系メガ(大手)サプライヤー3社であり、半導体はアメリカのエヌヴィディア(NVIDIA)とクァルコムが供給した。ボディ素材は独・ベンテラーが提供した。

新開発のEVプラットフォームはクーペ、セダン、SUV、MPVへの発展性を持つという。前後サスペンションはダブルウィッシュボーン式だ

ソニーというネームバリューとブランドイメージ、それとソニーらしい「自動車」のためのコンセプトがあれば、あとの開発はお金でほぼ解決できる。しかし、自動車の量産を始めるまでにはいくつもの準備が必要になる。おいそれと参入はできない。

アップルはいま、ソニーよりもネームバリューとブランドイメージがある。資金もある。アップルが「自動車を作りたい」といえば、「協力します!」と名乗り出る企業は多いだろう。東芝が自前の2次電池「SiCB」を提供する契約を結んだとのウワサもあるが、真偽のほどは定かではない。

では、BEVに2次電池を供給する電池メーカーは儲かるのか? 韓国のLG化学はこの分野に参入して十数年だが、EU(欧州連合)の補助金を利用してポーランドに工場を建て、欧州の自動車メーカーに大量供給するようになって初めて車載電池部門が単年度黒字になった。ただし過去の投資をすべて回収できるだけの利益を上げていない。2008年からテスラに2次電池を供給しているパナソニックは、2021年3が月決算で初めて、テスラとの事業が黒字になる見通しだという。日産とNECが共同で2007年に設立した電池メーカーであるオートモーティブエナジーサプライは2018年に中国に売却された。利益が出ていれば売却などあり得ないから、ここも利益が出ていなかったのだろう。

では、自動車メーカーは儲かるのか

世界中のメジャーな自動車メーカーは、工場など膨大な固定資産と従業員を抱え、さまざまな業種と取引し、世の中にお金を回している。売上高営業利益率は高くてもせいぜい7〜8%。1兆円を売り上げて、本業である自動車の製造・販売で得られる利益は700〜800億円である。

世の中がコロナ禍になる前、2019年3月期の企業決算を振り返ると、トヨタは売上高営業利益率8.16%。NTTは14.25%でソフトバンクは24.51%。「携帯電話料金は高すぎる」との批判はこの数字が元ネタだ。表に日本を代表する大企業の2019年3月決算をまとめてあるのでご覧いただきたい。

筆者は新聞記者時代から数えて自動車産業取材歴39年になる。その間の変革もけして小さいものではなかった。いつくか挙げると、まずキャブレター(気化器)がなくなった。三國工業などは業態を変えるのに苦労した。アフターマーケットで売るカーコンポも消えた。パイオニア、アルパイン、クラリオン、ケンウッド、富士通テン、三洋など、数多くあったブランドのなかには会社が消えたところもある。パーソナル無線などは、わずか2年ほどのブームだった。ヘッドライトはシールドビームからハロゲン球へ、さらにディスチャージランプ、LEDと目まぐるしく変わった。

世の中が憶えていないだけで、自動車産業の内部でもパラダイムシフトがあり、業態が変わったサプライヤーがあり、製造原価の比率も変わった。いま、ICEがなくなるとか変速機がなくなるとか言われ始めたが、そういうことは過去に何度もあったから、筆者はBEVだ、コネクテッドだ、自動運転だと言われても、過去に見てきた変革のほうが印象に残っているから「ふーん」で終わる。

2019年から量産を立ち上げると宣言したビンファスト(VinFast)のセダン「LUX A2.0」は、BMWから5シリーズのプラットフォームを購入して仕上げられた。まだ量産は始まっていないようだ。ビンファストはベトナムでは有力企業であり、不動産屋商品などであげた利益を自動車につぎ込んだ。

経団連機械記者クラブ詰めだったころ、他業種の経営者の方々からはよく「自動車業界はいいですね」「どんな具合なのですか」と訊かれたが。決まってこう答えた。

「毎年5000億円の設備投資をして、1車種500億円以上の研究開発費を遣って新車を開発して、もし2〜3モデルを失敗すると会社が傾きます」

この状況はいまも変わっていない。よほどうまくやらないと異業種からの参入は無理だ。アップル、グーグル、アマゾン……世界を見渡せばその程度だ。ベトナムの投資グループであり不動産業の大手でもあるビンファストがBMWから旧型BMW5シリーズ(09年~16年に生産)とX5(13年~18年に生産)の設計を購入し「高級車メーカーになる」と宣言したのは2018年だった。量産は2019年に始まる予定だったが、まだ音沙汰がない。

生産委託という手はある。韓国の起亜自動車がアップルからの生産委託交渉で「合意に近付きつつある」との報道があった。米・ジョージア州の工場で2024年から生産開始という具体的な話も流れている。たしかに生産委託という方法は珍しくない。トヨタは豊田自動織機などグループ企業に生産委託している。ホンダと八千代工業、古いところではマツダとクラタなど、その例は多い。中国ではBEV新興勢力による既存メーカーへの生産委託例は多い。

しかし、自動車を作ったことのない企業が「工場を持ちたくない」との理由で生産委託すると、過去の例では事業は長く続かなかった。ファブレスはコンピューターや家電の世界では当たり前だが、市場での不具合をすぐに生産にフィードバックする体制や「現場での日々の改良」をどう契約の中に盛り込むかは、よほどツーカーの仲にならないと難しい。量産しながら改良するというランニングチェンジは、自動車では当たり前だ。

当然、アップルは委託先の生産現場を常に監視し、アップルの意向に沿った改善を行なうためのスタッフを雇うだろう。委託先が勝手なことをしないよう、自動車製造現場について豊富な経験を持ったスタッフを常駐させるはずだ。委託先との間に交渉役としての第三者(たとえばコンサルティング会社)を置くにしても、アップル側が把握しておかねばならない点は多いから、アップル社内にも専門家は必要になる。

テスラが成長できた理由は、ファブレス企業にはならず自社で生産する道を選んだからだと筆者は思う。モノを作ることへの執着がなければ製造業にはなれない。アップルが生産委託で自動車事業を成長させるには、並大抵ではない努力と、多少の失敗を笑っていられるだけの資金がいる。その額は1兆円を見込んでおく必要がある。

で、果たしてどれくらいのリターンを期待できるか?

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