トヨタがFCEV(燃料電池車)MIRAIに込めたメッセージと決意 電動化は自動車産業を変えるか・中編
- 2021/01/26
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牧野 茂雄
トヨタの燃料電池電気自動車「MIRAI」が2代目モデルへと全面刷新された。かつては「1台3億円」と言われた水素で走るクルマが、いまや800万円ほどで手に入る。2次電池(バッテリー)のいらない「発電・即使用」型の燃料電池電動車こそは、もっとも用途の広い電動車のように思う。いま、世界中で水素利用への機運が高まっているが、水素利用の自動車となると、自動車メーカー以外はまだ手を出せないでいる。この領域は「作ってみなければわからない」ことだらけであり、机上の空論は通用しない。他人の経験を自己体験に転写できるほど甘くはないのだ。
なぜ後輪駆動に?
2代目MIRAIの報道発表資料を見たときに筆者は、まずそう思った。これはひょっとしてトヨタの新しい電動プラットフォームなのか? GA-Lプラットフォームとは言っているが、違う目的があるのではないか?
筆者が初めてFCEV(Fuel Cell Electric Vehicle=燃料電池電気自動車。トヨタは、日本国内ではFCVと表記するが、海外でのシンポジウムなどの際にはFCEVと表記している。本件ではFCEVと表記する)を目の前で見たのは1991年だった。ダイムラーベンツの試作車だった。「ワンオフの試作車は何台か持っている。これを君に譲るとなると300万ドルはもらわないとね」と言われ、ああ、単純に部品代が3億円以上なんだなと思った。
それから30年、トヨタMIRAI2代目はFCスタックをボンネット内に収め、3本の高圧水素タンクをセンタートンネルとリヤシート後方にT字型に配置し、後輪を駆動するモーターとその制御装置を後車軸まわりに搭載するというスマートなスタイルにまとめた。
筆者初めての携帯電話は、1988年に30万円の預託金を支払って毎月3万円ほどの通話料+機材レンタル料を支払った。機能は電話をかけるだけ。大きさは500ml入りPETボトル飲料2本分くらいあった。いまのスマートフォンはすでにパームトップコンピューターであり、機能のひとつが通話であるに過ぎない。半面、機能の追加で端末費用+通信回線使用料は毎月1万数千円になる。個人的には、そこにFCEVほどの進化は感じない。
で、冒頭の件。なぜ2代目MIRAIは後輪駆動なのか。この点も含めて2代目ミライへの思いを田中義和チーフエンジニアに訊いた。
牧野:先代は前輪駆動でした。2代目で後輪駆動にチェンジという背景は何だったのですか?
田中:先代MIRAIも私が担当しました。先代を発売し、お客様からいろいろなフィードバックをいただきました。その声を集約すると「1充填当たりの航続距離はもっと伸ばさなければならない」「デザインは好き嫌いが分かれる」「後席の足入れ性(前席シートの下につま先を入れる)など居住性も改善は必要」などの項目になりました。これらを実現するにはどうすればよいか。車両全体のレイアウトに戻って考えました。
田中:我われが作るFCEVはインバーター/2次電池/モーターはHEV(Hybrid Electric Vehicle=混合電動車、いわゆるハイブリッド車。トヨタは国内ではHVと表記するが、本項では世界標準であるHEVを使う)用のものを流用します。信頼性の高い量産品を使い、コストを抑えることが目的です。2代目MIRAIの開発に当たってはいろいろなレイアウトを考えました。その結果、モーターをリヤに置いてFCスタックをボンネットの下に置き、タンクをセンタートンネルとリヤシート側にT字型に積むのが一番良いのではないかという結論に達したのです。結果的に後輪駆動になりました。
牧野:T字型のタンク配置は、衝突直前速度の高い前面衝突の際に、センタートンネル内配置のタンクが後方に押されて横置き配置されたもう1本のタンクにぶつかるという懸念があります。
田中:ボンネットフード内のFCスタックもキャビン内のタンクも、あらゆる事故形態を想定しています。通常、トヨタ車が確保している法規以上の衝突速度での衝突安全性は問題なく確保できるということを確認しています。ちなみにタンクはものすごく丈夫です。最内郭は樹脂製ライナーで、ここで水素を漏らさないための気密性を確保します。その外側はCFRP(炭素繊維強化樹脂)で、圧力に対する強度を担保します。外側はGFRP(ガラス繊維強化樹脂)で覆われ、CFRP層への傷つきを防ぎます。
そして、国際基準である87.5MPaの水素充填圧に耐えるようタンクを作ってあります。定格(通常使用)は約70MPaです。物理的な特性で言えば、クルマのボディがぐしゃぐしゃになったとしてもタンクは壊れません。ガソリン/ディーゼル車には燃料漏れ、電動車には電気の高圧安全という要件があり、さらにFCの場合は水素安全という項目があります。水素が漏れないことも確認しなければならないのです。
2代目MIRAIはビジネスとして成り立つのか?
牧野:基幹部品を、既存車種から流用したとはいえ、710万円で利益が出るとはとても思えません。原価割れしていると思います。
田中:たしかに先代もこの2代目もビジネス上はまったく成り立っていません。
牧野:FCEV乗用車の事業を黒字にするとしたら、生産台数はどれくらい必要でしょうか。初代の登録台数を調べると約6年間で1万1000台でした。
田中:何をもって黒字かという見方はなかなか難しいのですが、ビジネスベースに載せるには最低でも年間3万台は作らないとならない。現在、我われの生産能力がそのレベルです。
牧野:この2代目の仕上がりから思うことは、企業の役員車としての資質は充分に備えているということです。華美ではなく質素でもない。個人的には、このクルマが「クラウン」を名乗ってもいいと思います。
田中:2代目を発表したあと「740万円は高い」という声もいただきましたが、けして高級車を作ったわけではなく、これくらいの価格になってしまうのです。水素というだけで買っていただけるのであれば苦労はありませんが、現在は「水素」はネガティブな要素であり、けしてポジティブな要素ではないのです。
牧野:世界的に水素利用への機運が高まっています。日本では福島県に再生可能エネルギーによる水素プラントFH2Rが完成しました。同様のプロジェクトは世界中で目白押しです。私には、とても水素がネガティブだとは思えません。
田中:たしかに環境意識の高い方や、水素の可能性についてご理解いただいている方にはポジティブに受け止められますが、クルマは広く一般の方々に買ってもらわないと増えてゆきません。なので、この2代目は水素に対する社会の受容性を高めたいという思いがあります。より多くの人に乗ってもらわないと数は増えませんから。
価格的にもお買い得感を感じていただくことが重要と考えました。ですから「走り」「乗り味」にも気を遣いました。装備では、先代はカーナビゲーションが標準装備ではなかったのですが、今回は12.3インチのタッチディスプレー、ステアリングヒーター、シートヒーターなどもすべて標準です。
牧野:乗り味でいうと、よくこれだけの大径扁平タイヤでまとめたな、という印象です。同時に、満載で2トンを超える車両重量も決して運転感覚に対してはマイナス要素にはなっていません。
田中:このサイズの大径タイヤを履いた理由は航続距離の確保です。床下スペースを確保しタンク直径を大きくするための大径タイヤで、このタイヤのおかげで航続距離が伸びたという部分があります。もちろん居住性の改善とプロポーションにも役立ちました。
牧野:しかし、この種のクルマはどうしても重たくなります。2次電池満載のBEV(Battery Electric Vehicle=電池充電式電気自動車)でこれだけの航続距離を確保するとなると、さらに重たくなると思いますが、コストを押し上げる材料置換なしに、もう少し軽量化できますか?
田中:機能面の要求からタンクもタイヤも重たくなりました。若干の軽量化の余地もないことはないのですが、たとえば200〜300kg削るとしたら材料置換しか手はありません。今回は先代とアルミ使用部位も一緒です。FRプラットフォームを採用し車体も大きくなりました。しかし、車両重量は1920kgに抑えました。先代の最軽量車が1850kgですから70kg増です。
牧野:多少重たくなっても、運転してみた印象では、ちゃんと欲しいところで電動モーターがトルクを出してくれます。アクセルペダルを踏み加えたときのレスポンスは過剰でも過小でもなく、いま欲しかったトルクをすぐに加えてくれる感じでした。しかし、電動モーターは流用なのですよね? 制御がうまくなったと理解して良いでしょうか。
田中:はい。モーターは流用です。制御で改良した部分もあります。私は後輪駆動化のメリットではないかと考えています。最大トルクは先代が335Nm、新型は300Nmです。最高出力は先代が113kW、新型は134kWです。最大トルクはやや減っています。0〜100km/hの加速タイムは9秒かかります。スタートダッシュの速い車ではありません。
しかし、駆動をかけたときの後軸周りの挙動は、出力軸とサスペンションジオメトリーの関係でピッチング挙動があまり出ないようになっています。リヤまわりの剛性もアップしました。おそらくアクセルONしたときのダイレクト感を感じていただいたのでは、と思います。クルマの姿勢も含めた加速の体感は先代よりもずいぶん良くなっています。40〜70km/hの追い越し加速はクラウンの3.5ℓハイブリッドより速いです。
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