トヨタがFCEV(燃料電池車)MIRAIに込めたメッセージと決意 電動化は自動車産業を変えるか・中編
- 2021/01/26
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牧野 茂雄
牧野:なるほど、私が感じたのは、ほどよい「蹴り感」だったのですね。じつにうまく騙されました(笑)。それと、さきほど水素というエネルギーの社会受容性を上げるということをおっしゃいましたが、そのためにはトヨタ自身が水素インフラの構築に貢献しなければならないのでしょうか。私は、エネルギーはエネルギー産業が担当すべきだと思います。自動車メーカーがそこまで気を回さなければならない理由はどこにもない、と思うのです。
田中:これは個人的な見方ですが、トヨタとして水素を自分で作るということはないでしょう。水素普及に向けた連携は取らせていただく。水素ステーション展開にも協力させていただく。いまは水素の黎明期でもあるので、しっかり連携したいと思っております。しかし、水素利用はエネルギー政策です。将来の水素社会を考えると、自動車が燃料として消費する部分は商用車も含めて3分の1も使えれば御の字ではないかと思うのです。残り3分の1は発電燃料、さらに3分の1は工業用途だと思います。我われは水素で走る自動車を作ることで貢献できると思っています。
牧野:私はFCEVとHEV、BEVは共存すべきだと思います。それぞれが得意領域を伸ばし、適材適所で使われる姿が理想ではないか、と。
田中:ゼロ・エミッションを基本に考えるなら、コンパクトカーはBEVがいいと思います。ヤリスのような小さいクルマでFCEVは現実的ではありません。円筒形水素タンクなので搭載に向きません。トヨタとしてもヤリスサイズはBEVだと思います。いっぽう、トヨタがずっと続けてきたHEVは、現状の発電ミックスを前提にWtW(ウェル・トゥ・ホイール=油井から車輪まで。つまりエネルギーを作る段階からそれを走行で消費する段階までの、すべてのステージでの環境負荷の合計)考えると、燃料消費を確実に抑える効果を得られます。世の中のためになると思います。ただしBEVは、もっと長い目線で見たときに重要です。トヨタはいままでHEVに力をいれてきたのでBEVまでなかなか手が回っていませんでしたが、今後はしっかりやっていくつもりです。
牧野:大きくて重量のあるクルマでもHEVは有効です。FCEVはさらに有効なのでは、と思います。
田中:大型商用車を置き換えるのはFCだろうと思います。たしかにHEVはどんなサイズの車両にも対応できますが、個人的にはカーボンニュートラルという意味ではグリーン水素を使うFCしか解がないと思います。大型商用車をBEV化することは理にかなっていないと思うのです。基本的にはFCは商用にいちばん向いていると思います。水素インフラ整備するにしても、走行ルートが限られているから整備しやすい。それに商用車はいかに稼働時間を延ばすかが重要ですから、BEVの充電時間はまったく無駄です。その意味でもFCがいいと思うのです。
牧野:適材適所、ベストミックスですね。私も賛成です。
田中:水素はまだ馴染みのないエネルギーですから、乗用車でこれ使う意味は社会受容性を上げる点にあると思います。水素を世の中に馴染ませるためにも数を売らなければならない。MIRAIの役割は、ある程度の数を売り、水素の社会受容性を高めることです。そしてFCユニットを商用車に展開し、より近い将来にFC商用車を走らせるようにすることだと思います。
以上が、田中主査へのインタビューである。前回、筆者は「自動車を設計し、開発し、量産するという事業への参入には覚悟がいる」と書いた。その一例として三菱自動車のPHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle=外部から充電できるハイブリッド車)を挙げた。ICE(Internal Combustion Engine=内燃エンジン)の経験と電動車の経験、それと4輪で車両を理想的に駆動するという駆動系設計の経験が融合した形が三菱のPHEVだった。
今回のトヨタ「MIRAI」もまったく同じである。水素を扱う経験のある企業や電動車の設計を提案するエンジニアリング会社ではなく、自動車を作り続けてきたトヨタだからできるFCEVであり、それを社会に提供し続ける事業継続性こそは、自動車メーカーならではの決意と覚悟の表れである。
いま、世の中はBEV一色に染まっている。ベストミックスという考え方を忘れている。せいぜい1000〜1500回の充放電しかできない、最後には朽ち果ててしまうリチウムイオン2次電池を使い(いまのところ資源としてのリサイクルも後回し)、電力は再エネ発電で賄えると喧伝している。たしかに、ある領域はBEVで充分だろう。しかし、世界中どの国を見ても電力は余ってはないない。BEVに電力を供給するためには、発電量そのものを増やさなければならない。
かつて1980年代末、自由化で電力が余ってしまったカリフォルニア州でBEVを普及させようと電力業界がロビー活動を行なった。カリフォルニア州のZEV(Zero Emission Vehicle=無排出ガス車)規制はそこにルーツがある。その顛末は、あのエンロン破綻だった。石油業界がロビー活動で電力業界に勝った。
日本でも同じころ、出力調整できない原子力発電によって夜間には膨大な供給過剰となる電力をBEVに充電してもらおうと電力業界は考えた。しかしバブル景気によって電力需要は増加の一途をたどり、挙句「BEVに振り向ける電力などない」ということになった。これが1990年を中心とした4年間ほどの「電気自動車ブーム」の正体だった。
エネルギーが絡むと、必ずそこに政治が絡む。欧州のBEVブームは政治主導である。推進者たちは「自動車産業を壊して作り直す」と言う。以前もこのコラムで書いたように、欧州委員会の委員長に就任したウルズラ・ゲルトルート・フォン・デア・ライエン女史は「アメリカの巨大なIT企業や中国の製造業に対抗できるだけの競争力を政治主導で獲得する」と宣言した。欧州全体での産業スクラップ・アンド・ビルドであり、自動車産業は電気へと方向転換させる。世論とファンドを味方につけ、いま欧州は産業革命推進の真っ最中である。
しかし、本当に既存のものがすべて壊れてしまったらどうなるだろう。新たに生まれる産業は、本当に世の中のニーズを満たせるだろうか。自動車で言えば、IT(情報通信)系企業が相次いでBEV市場に参入し、クルマの作り方と競争のルールが変わると言われている。本当にそうだろうか。後編では、そのBEVに焦点を当てる。
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