大型トラックは電気で走れるか? 大型トラックの「走行段階」だけCO2ゼロは、単なる本末転倒 エンジンをなくしてしまって、ホントにいいのですか?(その4)
- 2021/03/15
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牧野 茂雄
ちなみに現在、BEVの技術は「冷却」がハイライトだ。電動モーターの冷却、インバーターの冷却、電池の冷却。ここがカギを握っている。だから、たとえば英国の老舗エンジニアリング会社であるリカルドは、電池パックとインバーターをすべて密閉しオイル冷却する方法まで考えている。
アメリカではダイムラー・トラックもBEV事業に参入した。昨年12月には電力会社と共同でBEVトラック用の充電インフラを整備する計画を発表した。まだBEVトラックの概要は明らかにされていないが、ダイムラーはその一方でFCEV(燃料電池電気自動車)トラックの開発も進めている。
そう。トラックの場合、FCEVという選択肢がある。日本ではトヨタと日野が共同開発を進めているほか、中国は国家的に大型トラック・バスのFCEV化を進める方針を示している。EUも「乗用車はBEV、大型商用車はFCEV」と言っている。この背景にはLiB供給量という問題がある。
たとえば、アメリカ、カナダ、メキシコにはクラス8の大型トラックだけで500万台が稼働している。この4分の1に当たる125万台を将来的にBEVに置き換えるとすると、1台当たり300kWhのLiBを搭載するとして、375G(ギガ)WhのLiBが要る。これを10年間で供給するとして年間37.5GWh。同様にEUで300万台の大型トラックの4分の1に当たる75万台を10年間でBEVに切り替えるとなると、年間22.5GWhのLiBが必要になる。
ほかにも乗用車のBEVのためのLiBが要る。コンピューターやスマートフォンのためのLiBも要る。かくも膨大な量のLiBをすべて再生可能エネルギーで作ることができればいいが、おそらく無理だろう。LiBを生産する一方で自動車のエネルギーも電力になる。同時にリチウムやコバルトが要る。電動モーターの巻線に使う銅も要る。銅は資源としての再利用がきちんと管理された希少金属だが、年間1000万台のBEVが製造される時代になったら、果たしてどうなるだろう。
FCEVを作るにしても、現在の技術では固体高分子膜FCスタックの製造にプラチナが要る。全世界で年間200トンしか流通していないプラチナは、ガソリン車の3元触媒やエンジン排気のO2センサーなどにも使われている。産業界での流通量が現在の2倍に増えたら、果たしてどうなるだろうか。プラチナの代わりになる素材が何度か浮上したものの、実用化例はまだ聞いたことがない。
大型トラックのBEV化は、厳密にLCA(ライフ・サイクル・アセスメントorアナリシス)視点で廃棄・再資源化段階まで含めた考察が必須だ。走行段階だけのCO2(二酸化炭素)排出量では論じるべきではない。
それこそ、CNG(圧縮天然ガス)に軽油を混ぜたディーゼル燃焼なら熱効率60%が見えている。2020年代末までにe-フューエル(大気中のCO2と再生エネルギーを使って製造された水素による合成燃料)が実用化されるとしても、再生可能エネルギーが無尽蔵にあるわけではない。再生可能エネルギーの奪い合いになる前に原子力と火力がフル稼働を求められるだろう。
再エネ発電にもなんらかの設備と、その設置場所と、維持管理が必要だ。EUでは風力発電用の風車の設置があちこちで訴訟を抱え、すべて丸く収まる立地はもはや海上にしかない。
ICE(内燃エンジン)をなくしてしまっていいのですか?
この問いを大型トラックという分野で考えると、さまざまな調整が必要であるという事実に直面する。まだ大型トラック用ICEをなくしてしまうことはできない。アメリカでは物流の70%以上をトラックが支えている。日本は約90%と言われる。「わが社は物流でもCO2を出していません」と宣言したいがために、輸送業者にBEVトラックでの運搬を義務化すると、そのしわ寄せはいろいろなところに及ぶ。最終的に本当にそれが正解かどうかの判断さえ、現状ではできない。
大型トラックの「走行段階」だけCO2ゼロにしても、それは単なる本末転倒。そんな気がしてならない。(つづく)
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