McLaren 600LT国内初試乗 本籍=サーキット。マクラーレン600LTはしかし一般道もこなせる意外な一面を持っていた
- 2019/04/15
- GENROQ編集部
マクラーレンにとって特別な意味のある”LT”をモデル名に与えられた最新スポーツシリーズの600LTが日本初上陸。サーキット志向であることは間違いないが、公道での実力はどうか?
REPORT◉吉田拓生(YOSHIDA Takuo)
PHOTO◉市 健治(ICHI Kenji)
※本記事は『GENROQ』2019年4月号の記事を再編集・再構成したものです。
黒いアルカンターラ張りのステアリングを託されたのはターンパイクの入り口だった。いつものように斜めに跳ね上がるドアを開け、いつものようにシートにお尻を滑り込ませる。そしていつものように3.8ℓV8ターボを目覚めさせたのだが、背後で蠢くようなノイズだけはこれまでのマクラーレンとはまったく異なるものだった。
室内とエンジンコンパートメントを隔するバルクヘッドが薄い板切れ1枚に置き換わったかのような生々しいノイズの交錯。CFRP筐体のバケットシートのお陰で振動もダイレクトに伝わってくる。ここにストレートカットのギヤノイズが加われば純粋なレーシングカーの雰囲気すら味わえそうだ。
600LTの異質な感覚は走りはじめてからも続く。流すような走行ペースにも関わらず、4輪が路面に強く張り付いたように感じられるのだ。操舵の感覚もまるでギヤオイルのような粘性に支配されている。クルマに促されるまま、少しコーナリング速度を上げていっても、空気圧センサーは前輪が作動温度に達していないと主張している。
例えば同じスポーツシリーズの570Sは、低速域では羽の生えたような軽さが車両全体に漲っているが、600LTに柔和な表情はない。似て非なるマクラーレン。果たしてLTとは何者なのか?比較対象が570Sでないことは確かである。
キーンと冷えた山の上の駐車場で、600LTをまじまじと観察する。LTのアルファベットは「ロングテール」を意味しているのだけれど、実際はCFRP製のリヤバンパーの端が少し延長されている程度。それよりもむしろ、ウイングの直前で地対空ミサイルのスロットのように上方を睨む排気口が気になる。排気管長を短縮して軽量化に努め、同時にリヤディフューザーの大型化に貢献しているのである。
一方フロントはやはりCFRP製の鋭いエアダムが除雪車のように張り出してダウンフォースに対する欲望を剥き出しにしている。路面に張り付くようなフィーリングの源泉はダウンフォースにある?と思った矢先、ほぼタイヤの山がなくなりかけたようなトレッドが目に入った。MC刻印の入ったピレリPゼロトロフェオR。なるほど、謎は解けた。とともにウエット路面ではよほど慎重になる必要があると肝に銘じた。
山の尾根に沿って緩やかな中速コーナーが連続する伊豆スカイラインは600LTにとって格好のステージだった。シャシーとパワートレインをスポーツモードに切り替え、ペースを上げていっても盤石のグリップは微塵も揺るがない。
ロードカーにスリックのようなハイグリップタイヤを組み合わせると、とたんにロールが唐突になり、ブレーキングではアシの弱さが露呈してそれとわかるものだが、600LTにはそれがない。シャシーの根幹からブッシュ1個に至るまでトロフェオRに合わせて特別に誂えたような整合性が感じられるのである。
570㎰から600㎰までスープアップされたV8ターボのレスポンスも上々で、ワインディングで多用する3500から6000rpmあたりまではまったくパワーの谷間がない。6000rpmより上には本当の炸裂が潜んでいるのだが、ツイスティな公道でその領域に踏み込むのは色々な意味でリスキーだ。
600LTの走りで特徴的なのはスロットルオフ時のバックトルクというか制動が非常に強い点だ。このため中速コーナーの進入ではブレーキペダルに触れることなく最適な前荷重が実現し、微かな操舵でコーナーの曲率にピタリと寄り添うことができる。600LTほど穏やかに姿勢を変化させ、自信を持ってコーナーに飛び込んでいけるスーパースポーツを僕は知らない。タイヤのグリップ自体も見事だが、増加したダウンフォースもシャシー性能もまったく引けを取っていないのである。
さらに付け加えておくと、夜の走行ではバックミラー越しにエキゾーストから吹き出す炎も確認できた。これは後方排気では実現できなかった刺激といえる。
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