排ガス再循環:EGRを正しく理解する——安藤眞の『テクノロジーのすべて』第43弾
- 2020/01/26
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安藤 眞
もはや環境技術として現代のエンジンには必須のEGR。その仕組みと効能をあらためて考えてみよう。
TEXT:安藤 眞(ANDO Makoto)
今やクルマのエンジン技術には欠かせない存在となったEGR(Exhaust Gas Recirculation=排ガス再循環)だが、ほんの10数年前までは、ガソリンエンジン用としては「役割を終えた技術」と思われていた。
EGRが発明されたのは、アメリカで「大気浄化法改正案(俗に言うマスキー法)」が取り沙汰されていた1970年前後。排ガス中の汚染3物質(CO/HC/NOx)を、改正前の10分の1に減らせというこの法案を達成するために考え出された方法のひとつだ。
そもそも窒素(N)は活性が低く、食品の劣化防止に充填されるほど安定した物質だが、高温になると突然活性が高くなり、酸素(O)と化合してNOxになる。ならば燃焼室内の温度が上がらないようにすれば、NOxの生成量は減らせるはず。炭化水素が燃えた後の排ガスは、空気より分子量が大きいから暖まりにくく、これを吸気と一緒に再吸入させれば、燃焼熱を吸収して温度が下がり、NOx生成量を抑えられる理屈だ。
イメージしにくい人は、「鍋でお湯だけ沸かすより、湯豆腐を作るときのほうが時間がかかる」と思えば良い。豆腐に熱を奪われる分、お湯の温度が上がりにくいのだ。
ところが、当時は燃料噴射装置が普及していなかったり、EGRガス量の制御技術が未熟だったことから、法規を満足できるレベルのEGRを入れると燃焼が不安定になり、それを補うために混合気をリッチにするから燃費が悪化する、という欠点を持っていた。
しかも、ほどなく三元触媒が発明され、理論空燃比で燃やすだけで汚染3物質は90%以上、浄化できるようになったため、ガソリンエンジンではEGRは使われなくなり、ディーゼルエンジンのNOx対策技術として命脈を保つことになった。ディーゼルエンジンでもEGR量を増やすと、燃費が悪化したり黒煙が出やすくなったりするのだが、三元触媒ほど具合の良い後処理装置が発明されなかったことから、EGRに頼るしかなかったという側面もあるのだが。
ところが、ガソリンエンジンの排ガス対策が一段落し、燃費=熱効率の向上に注目が集まってくると、再びガソリンエンジンでもEGRが使われ始めた。
ガソリンエンジンの熱効率を悪化させている要因のひとつが、吸気損失。いつでも理論空燃比で燃やしたいガソリンエンジンは、燃料噴射量を絞った分だけ吸気量も絞らなければならず、低負荷時には「ストローをくわえて深呼吸している」ような状態になって、空気を吸い込むだけでエネルギーを消費する。
ならば、くわえるストローの本数を増やし、2本目からは、酸素の入っていない別の気体を吸わせれば、理論空燃比を維持したまま、吸気損失を減らすことができる。それには、かつて使用していたEGRが手っ取り早いではないか!とは、誰が気付いたのかは知らないが、まことにもって慧眼である。
EGRには、吸気損失の低減以外にも良いことがある。燃焼温度が下がるから、燃焼室壁に熱を奪われる冷却損失も減らすことができる。水が高いところから低いところに流れるとき、高低差が大きいほど流れが速くなるのと同じように、熱は温度差が大きいほど移動速度が速くなるから、燃焼温度は低いほうが、冷却損失も少なくなるのだ。
イメージしにくい人は、燗酒を思い浮かべれば良い。熱燗はおちょこに注げばすぐに冷めるが、人肌ならいつまでもそこそこの温度が維持されていることを知っている人も多いはず。100℃が90℃に下がるより、40℃が30℃に下がるほうが、ずっと時間がかかるのだ。
ということで、今夜は湯豆腐で熱燗にしようと思った人もいるかも知れないが、お酒を飲んだら運転は厳禁でお願いしますよ。
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