バブル崩壊でも凄いデザインが登場! いすゞ・ヴィークロス & メルセデス・ビジョンA 第30回・東京モーターショー (1993年) 【東京モーターショーに見るカーデザインの軌跡】
- 2020/12/04
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荒川 健
バブルがはじけて2年、一般家庭にもじわじわと不況の影が忍び寄りこれは将来大変なことになると国民の多くの方が財布のひもを引き締めたのが1993年頃である。
いすゞが乗用車をベースに開発したSUVコンセプト
前回ご紹介したユーノス500も少し高めの価格設定ではあったが、品質が高くデザインも評価された割には売れなかった。
他にもバブル期にプロジェクトがスタートし、この時期に発表や発売という運の悪いクルマは沢山あった。そんな中、自動車デザインの歴史に残る画期的な秀作が現れた。
いすゞ・ヴィークロスだ。
いすゞはベレット、117クーペに始まりジェミニやピアッツァの成功により「デザインのいすゞ」と評されていたが、そもそもトラックが本業であったため、バブル崩壊での事業引締策の一環で、乗用車部門から撤退するという大英断を行った。
そのバブル絶頂期に当時ベルギーにあったいすゞヨーロッパエンジニアリングのデザインスタジオで進められていたのが、このスーパーSUVプロジェクトである。当時の開発責任者は皆さんご存知の元日産デザイン専務執行役員(CCO)の中村史郎氏であった。
いやー、とにかくカッコ良すぎなのだ。
こんな今まで見たことが無い新しいカタチのSUVがいきなり現れたのだから、私も含め他社のデザイナーは度肝を抜かれた。
パジェロやランドクルーザー、本家のランドローバーなど角ばったハードなカタチと異なり、丸くソフトなのにもかかわらず、よりマッチョにリ・デザインしたイマジネーションはいったいどこから出て来たのだろう。
私にとってカーデザインの7不思議の一つなのである。
まず、最も重要なプロポーションについてであるが、完全無欠!パーフェクトな出来栄えで、サイドビューにおけるタイヤ位置とボンネット、キャビンのバランスが絶妙である。極めつけは室内幅を狭め、その分をデザインに振り分け片側15センチはあろうかというフェンダーの張り出しである。このまるでデザインスケッチのような迫力により、デザイナーはもとより、クルママニアはノックアウトされてしまったのであった。
さらには、私が一番気に入ったのがヘッドランプのカタチと位置である。
こうしたデザインの場合、思いっきり尖がったヘッドランプデザインにしてしまい、子供っぽい「ダサい」デザインのSUVが現在も多く見受けられるが、こちらは恐竜の目のように小さくて迫力があるのだ。
このヴィークロスは大人のデザインなのである。
さらにはスペアタイヤカバーである。インテグレートしてしまうという発想も斬新であった。この後も4WDはこれ見よがしな「タイヤをしょってます」的な1980年代のままが続いたが,本当にヴィークロスは30年後をデザインしていたのではないだろうか。
コンパクト・メルセデスAクラスへのメッセージ
次にご紹介するモデルも現代において、このまま登場してもおかしくないメルセデス・ベンツ・ビジョンAというコンセプトカーだ。
後年発売されたメルセデス歴代最少サイズのAクラスの基になったコンセプトカーである。
インダストリアルデザインの基本に忠実な機能優先でありながら永続的で飽きの来ないシンプルなスタイルを見た私は、「これぞ新しい未来のカタチ」と感動した。
おこがましいが、私の未来感とピッタリ一致していたのだ。
そんなわけで1993年登場の、未来のコンパクトカー・ベストデザインはビジョンA
である。小さいながらも面造形に不可欠なサイド断面の適度な膨らみと、知的に統一された角アールのバランス、そして正面ビューでの安定感のある台形スタイルがデザインレベルの高さを証明していて、「さすがはM・ベンツはやるな―」と敬意を表したのであった。
波乱万丈がカタチに!? マツダHR-X2
次はマツダHR-X2である。
魅力的デザインとはいいがたい1950年代のヒルマンを連想させる不思議な四角いジドウシャである。優秀なマツダのデザイナーとモデラ―はどのような気持ちでこれを造ったかと思うと、胸がいっぱいになるのだ。
経済と自動車デザインの関係がこれほど如実に現れた例が無いので、カタチは賛成できないがあえて取り上げることにした。
加えて、そろばんに弱い技術屋集団がバブル崩壊でどんな悲惨な状況になったのかを、このさい知っていただいたほうが、自動車に興味をお持ちの読者の方々の「豆知識」のお役に立つと考えた。これからは聴くも涙、話すのも涙のドキュメンタリーである。
当時のマツダの経営トップは銀行からいらした方で、「バブル崩壊に沿った自動車開発を進めるにあたり、ついては地に足を付けた現実的なデザインを開発するように、さもなくば銀行は融資を打ち切らざるを得ません」という発言があり、福田本部長は反論するも当時の「社外社長」は絶対であり従うしかなかった。
バブル崩壊で、以前に主力銀行から借り入れた巨額な設備投資資金の返済を迫られたマツダは困惑した。いま銀行から見捨てられたらマツダは無くなる。各部門のトップは本気でそう考えた。
損失額が小さいうちに、最も関係が深いフォードの支援を早急に得ることを望んだが、実際に主力の住友銀行にとっても回収不能の巨額損失が出ることを恐れた結果、フォード傘下にマツダが入ることを了承したのはバブル崩壊から5年も後の1996年であった。
これまで何度かの経営危機に、「経営は苦手なようだから我々プロにお任せ有れ」という住友銀行から重鎮を取締役に招き1993年当時の社長も自動車がお好きという銀行で立派な実績をあげられた方であった。
しかし、私が1988年にマツダに移籍、2か月間ほど積極的に他部門のマネージャーと会い情報収集とマツダの現状を学んだ時のことであった。
「うちは営業が複雑、地方の独立ディーラーに頼ってきたけん、突然5チャンネルゆーても」とか「トヨタはチャンネル数を減らすのに、うちは5チャンネル? ほんまバブルは続くんかいの-、大丈夫かいな」と設計部長やマーケティングのトップの方も言っていた。
実際1991年には社内で切れ者と言われていたマーケティング本部のマネージャーが当時は発展途上であった「セガ」にヘッドハントされたという話題で社内に動揺が走ったのであった。
トヨタが基盤固めに力を入れ始めたのは1987年で、一流のシンクタンクも1989年には金融恐慌を予見したレポートを発表し一部にはリスクに備える動きもあった。
そんな状況にもかかわらず、不思議なことに1987年にスタートしたと思われるMI(マツダイノベーション)計画は瞬く間に作られ、ごく一部の作成部隊と銀行出身の取締役が中心となり決定された。
「いきなりステーキ」みたいな計画であったが同年の経営会議でプレゼンテーションされると、バブル絶頂期という状況と先ほどの“そろばんに疎い技術屋集団”は「よおし行けるぞー」と賛成多数で可決し、1988年3月から実行に移されたのであった。
つまり、優れたクルマを巨額の投資で造った最新鋭の工場で沢山作ればマツダは発展すると主力銀行から勧められたが、足元を見てみたら販売力アップのはずの多チャンネルが足を引っ張り壊滅状態という、トヨタ式ビジネスを何も学んでいない、つまり「売ってなんぼ」を銀行筋がまったくアドバイスしなかったという、あっと驚く結末であった。
これは著名な某評論家から伺った貴重なお話を基に、私の当時の体験を加えドキュメンタリー風に書いたのである。
体験談はまだ終わりではない。
1993年、横浜R&Dで私はデザイン主査として後のアテンザとなるフォードグループ・グローバルフロア計画でいうところのCセグメントの初期プロジェクトを進めていた。
そのほかにもスズキの新しいフロアを使った新型キャロル開発も任され、頭がタコ状態の日々であった。
そんなわけで、出張の機会もなく多忙の極みのなかで広島のスタジオでHR-X2がどういう状況で進められていたか私には知る由もなかったのである。いま写真を見ても、おそらく冒頭で述べた社長訓示の“地に足を付けた現実的なカタチ”をデフォルメした立体アニメではなかったのかと思えるほど、不思議な謎めいたデザインだ。
当時の福田本部長は本当に気の毒であった。新規プロジェクト開発は全て凍結、自主的な先行デザイン開発の予算はゼロに削減され、尊敬していた血気盛んな福田さんの顔色が悪くなり、気のせいか爪を噛むしぐさも見たような気がした。
今思い返せば、多くの健全な企業は何とか危機を回避できたのに、銀行が後ろ盾のはずのマツダがなんで一番ひどい目に? という思いで多くの有能な社員が会社を去っていった。
半沢直樹みたいに「倍返しだ!」との思いでみんな辞めたのである。
数年後に私も同じ思いで退職した。
まあ、いろいろあったが理不尽さを経験し、“なにくそ魂?”を与えてくれたから独立後も何とか仕事をやれたのかも知れない。人生波乱万丈、次回からはまた明るい話題に切り替え、感動を共有できる美しいデザインを語るつもりです。
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