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電力需給への楽観論 エンジンをなくしてしまって、ホントにいいのですか?その6 電力需給への楽観論 日本の実態は「電気=エコ」で片付けられている。いまの日本にとって、そしてこれからの日本にとって、本当に必要な自動車エネルギー政策は何なのか?

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図1 天然ガスはC(炭素)分子が石炭や石油より少なく、その分、CO2発生量を抑えられる。しかし、原子力には太刀打ちできない。「BEVは結局、原発ありきの乗り物」と、多くの研究者が言う。日本では、それが期せずして露呈してしまった。

エンジンなんてもう古い。時代はカーボンニュートラル。これからの自動車は電気だ——メディアだけでなく世の中の大勢はいまやこの方向だ。「電気は環境に優しい」と。しかし、現実問題として文明社会とICE(内燃エンジン)の関係は本当に切れるのか。断ち切っていいものなのか……。6回目は電力を取り上げる。BEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)とPHEV(プラグイン・ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)は地上の電源コンセントにクルマからのプラグを差し込んで「走行エネルギー」である電力をもらう。EU(欧州連合)ではBEVとPHEVをECV(エレクトリカリー・チャージャブル・ビークル)と呼び、これだけを「環境性能優秀車」として優遇の対象にしているが、同じことを日本がやっていいのだろうか。
TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

資源エネルギー庁によると、日本の1次エネルギー(無加工状態)供給構成は2018年度で石油37.6%、石炭25.1%、LNG(液化天然ガス)22.9%、再生可能エネルギー(風力、太陽光など)8.2%、水力3.5%、原子力2.8%である(図1)。化石燃料依存度は85.5%と高い。

2010年度と比較すると、構成比の様変わりが顕著だ。東日本大震災が引き起こした原発運転一斉停止は、日本をLNG(液化天然ガス)大量購入へと向かわせた。電力会社が買い付ける分とは別に国庫負担による購入が急増し、年間1兆円単位の税金が消えた。いまでもこの状況が続いている。

日本はLNGをおもに長期契約で買っている。住宅ローンの固定金利と同じで、毎月の支払いは多少割高になるものの、急激な価格変動というリスクを回避できる。原発に代わる発電資源がLNGなのだから安定供給が最優先であり、日本は長期契約中心だった。

電力需要がひっ迫していないときは、長期契約価格で購入したLNGをスポット市場に放出し、そこで売るという活動を日本が行なってきた。しかしスポット価格が安ければ当然、損をする。しかし日本は安定供給のために「余ったときのリスク」を承知で長期契約を続けてきた。

ところが、近年は中国と韓国のLNG輸入が増え、日本が望むとおりの長期契約ができなくなってきた。しかもスポット価格は高騰している。そこに2021年冬は寒波が重なった。LNGは「液化した天然ガス」であり、液状で貯蔵するには膨大な設備費とエネルギーが必要であり、とにかく「必要な分を運んで来る」という調達方法である。しかし、世界的にLNG需要が高まり、産出国と取引所は「時価」で利益を得られるスポット契約へと傾いた。日本の安定仕入れがだんだん危うくなってきた。

もうひとつ、2021年1月は新たなリスクが加わった。2020年4月に電力事業の「発電」と「送電」が分離され、発電設備を持たない「新電力」が電力事業に参入した。日本卸電力取引所(JEPX)で仕入れた電力を「販売」し、その利ざやで稼ぐ事業者である。

昨年11月時点では、JEPXでの電力卸値はスポット価格で9円/kWh(キロワットアワー)台だったが、2021年1月に200円/kWhを突破した。経済産業省はあわてて「卸電力料金の上限を200円に制限する」という規制を設けた。新電力と契約している一般家庭が「急激な電気料金値上げ」で困窮しないようにというセーフティネットだった。

しかし、すでにこの規制実施は遅過ぎ、同時に焼け石に水だった。1kWh=9円で仕入れて1kWh=20円で売る電力事業者と契約している家庭なら、月に680kWh(筆者宅の月平均)を消費すると電気料金は1万3600円。ところが仕入れが1kWh=200円になれば、電力事業者が利益を抑えて1kWh=210円で売ったとしても電気料金の支払いは14万2800円になる。実際、このようなことが起きた。

東京電力など従来から存在する地域ごとの電力会社と契約している家庭は、ここまでひどい目には遭わないが、2012年に当時の民主党政権が導入した再生可能エネルギー発電電力の固定価格買取制度によって、太陽光発電パネルなどを設置する個人および事業者から電力を買い取るための原資を徴収されている。再エネ賦課金と呼ばれる制度だ。

図2 再エネ発電の買取は年々増えている。これに連動して一般家庭が支払う再エネ賦課金の負担も増えている。kWh当たりの賦課金単価を抑えなければ、一般家庭の負担は際限なく拡大する。

民主党政権は2012年、全国の家庭にソーラーパネルを設置させ、そこで発電した電力を電力会社に買い取らせることで再生可能エネルギー比率を上昇させることを狙って再エネ賦課金制度を導入した。もともとは欧州で1990年代に出現した政策であり、2010年ごろにはさまざまな問題点が露呈し「失敗」と言われ始めていたが、原発事故により電力業界の政治力が急落したタイミングで民主党政権はこの政策を導入した。同時に「環境配慮型自動車」への補助金はBEVに絞った。いま振り返れば、電力を支配下に置きたいという政治的意図を強く感じる。

そのいっぽうで再エネ賦課金の消費者負担は着実に増えている(図2)。2020年度の買取費用は約3.8兆円であり、この金額は電力料金に上乗せされて消費者から徴収される。月間電力消費260kWhが一般家庭の平均消費であり、そのケースで毎月774円が徴収される。

BEV普及も太陽光発電設備の設置も補助金頼み。この傾向は世界に共通している。太陽光発電など再エネ設備の設置に補助金を交付し、家庭で余ったぶんの電力は地域の電力会社が買い取る。家庭で余った電力をBEVに給電するのであれば、まだ辻褄は合うが、この制度はLCA(ライフ・サイクル・アセスメントまたはアナリシス)視点とは無縁のところで導入され、最終的な目標は国の「再エネ比率」をかさ上げするになってしまっている。発電方法ごとの役割分担は論じられていない。再エネ賦課金を支払うだけの大多数の消費者と、太陽光パネルを設置する「小規模発電事業者」である一般家庭との間の公平性も無視されている。

図3 赤い手書きの線が「化石系」と「CO2免除系」の境界。2年前のデータだが、大きくは変わっていない。日本は原発政策をどこに落とし込むのだろうか。

原子力の扱いは宙吊りのままだ。一般社団公人原子力安全推進協会によると、2021年2月時点で稼働している国内の原発はわずか3基。原発が失ったシェアをLNGが埋めている。日本全国規模で見れば再エネも「チリも積もれば」で立派なシェアに成長し原発分を補っている。だが、短時間内で出力調整ができない代わりに電力需要の基礎部分を安定的に供給するという役割を与えられてきた原発がシェアを失なえば、ほかの何かがそれを補わなければならない。

日本には少々古いデータしかないので引用する。主要国の電源別発電電力量を比較した資源エネルギー庁のデータが図3である。「その他」のなかに太陽光、太陽熱、地熱、潮力など再生可能エネルギー発電がまとめられている。

この図は右側から見るとわかりやすい。「その他」「水力」「原子力」はいずれも発電段階でのCO2排出が少ない。「天然ガス」「石油」「石炭」は化石燃料系、いわゆるfossil(英語の発音はファーソーに近い)、掘り起こした鉱物であり、これを燃やして発電すれば必ずCO2が出る。その境界に筆者が赤線を入れた。

「CO2が地球温暖化の犯人であり共犯者の関与は無視できる」という考え方に立てば、中国、インド、日本、韓国は極悪人である。「CO2より放射能のほうが何倍も悪だ」という考え方に立てば、極悪人はフランスになる。「地球温暖化は太陽活動や地球の地軸の歳差運動、地表の反射率に起因するもの」という考え方に立てば、悪人はいなくなる。

この議論に決着をつけるためには世界を挙げての研究が必要だが、もはや無理だろう。CO2悪玉論という前提は崩せない。崩してしまったら、いちばん困るのはEU(欧州連合)だ。グレーだとしてもブラックと断定する。それがいちばん無難だ。となると、同じようにグレーの原子力発電はホワイトにするか無視するかしかない。EU内でも原子力の扱いは意見が割れたままだ。

図4 Agora Energiewende がまとめた2019年の欧州実績。ここには原子力(Nuclear)のシェアが描かれていた。漸減傾向にはあるものの、原子力は一定比率を維持している。

環境系NGOのAgora Energiewende が発表する欧州の電力事情レポートは、筆者が毎年楽しみにしている報告書のひとつだが、2020年版と2021年版を比べてみると、政治的な意図がはっきりとわかる。図4は2019年実績のEU28か国合計の発電エネルギー別発電量、図5は2020年実績のEU27か国(イギリスが抜けた)の同じデータだが、2020年の報告には「Nuclear=核エネルギー」つまり原子力が入っていない。欧州でも原子力は宙吊りにされた。

原子力は化石燃料系ではない。再生可能エネルギーでもない。原子力の扱いは我われNGOが決定するようなものではない。我われは再エネ比率の上昇を促し、その実態を世に示せばいい。……おそらく、こう考えた結果なのだろう。そして、欧州はCOVID-19(新型コロナウィルス感染症)によって経済活動が大打撃を受け、工場や商店の休業により電力需要は減少し、これも手伝って再生可能エネルギーのシェアが初めて化石燃料系を超えた。

図5 同じくAgora Energiewende がまとめた2020年の欧州実績。原子力は省かれていた。詳細な資料のほうにしか原子力の事情は書かれていない。果たして、この意図は何なのだろうか。

しかし、EU全域で電力が余ったわけではない。もしものときのバックアップ体制の存在が機能した。なかでも原発大国フランスの存在が大きい。図6は一般社団法人海外電力調査会の資料をもとに資源エネルギー庁が公表しているものであり、フランスの「貢献度」がわかる。欧州は送電網が完全に国をまたいでおり、互いに融通し合う体制が確立されている。当然、売買は有償である。

それでも昨年は助かった。国際エネルギー機関(IEA)が昨年末に発表した2020年の世界電力需要は前年比約2%減だった。リーマンショック時の0.6%減をはるかに上回り、「20世紀半ば以降最大の落ち込み」だとIEAはコメントした。欧州ではイギリス、イタリア、スペインで4%台のマイナスだった。ちなみに日本は3.9%減である。

図6

COVID-19による社会活動の停止という特殊事情が発電にどのような影響を与えたかはまだ報告例がないが、欧州では再エネ比率はたしかに上昇している。ただし、陸上への風力発電風車設置は訴訟と敗訴を抱え過ぎてほぼ不可能になり、風車は洋上だけが頼みになった。太陽光パネルは景観と森林伐採での訴訟が増え、個人の家屋に設置する程度しか生きる道がなくなった。少なくとも西欧ではメガソーラーはもう作りにくい。

当面、EUの政策としては、原子力を批判せずEU全域での電力融通を行なうという方向になるだろう。同時にフランスやスウェーデンのように原発利用を推進する国を中心に原子炉運転期間を40年以上に延長するLTO(ロング・ターム・オペレーション)を推進するものと思われる。

LTOについてはIEAとOECD/NEA(経済協力開発機構・原子力機関)が昨年12月に報告のなかで「2015年のパリ協定における目標を達成するには、原子力発電設備の新規建設と既存炉で運転期間を40年以上に延長することが不可欠である」と述べている。アメリカでは稼働中の約100基の原子炉のうち約90%が運転期間を当初予定の40年から60年に延長している。パリ協定に復帰したバイデン政権では「技術面で支障のないかぎり原子炉寿命を80年に延長すべき」との議論が行なわれているそうだ。

BEVとPHEVは、外部の電源コンセントから電力をもらうECV(エレクトリカリー・チャージャブル・ビークル)であり、エネルギーは発電に依存する。しかし、世界中で電力が余っている国は少ない。水力が豊富なノルウェーとカナダくらいだろうか。ほとんどの国は、ECVに給電するための電力を「いま必要な電力」に、さらに上乗せして発電しなければならない。

となれば、発電から変電、送電を経てECVに給電されるまでのロスも含めて、きちんとしたLCA視点で「我われの国の発電事情」と相談しながら普及目標を定めなければならない。しかし、日本の実態は「電気=エコ」で片付けられている。いまの日本にとって、そしてこれからの日本にとって、本当に必要な自動車エネルギー政策は何なのか。この視点が政策には欠けている。

民間はもっと賢い。世の中がどっちに振れてもいいように準備はしている。欧州でも北米でも、自動車メーカーはECVと「それ以外」をつねに自社の経営計画の中でどうバランスさせるかのシナリオを持っている。メディアがつねに「BEV普及で遅れた」という枕詞で語る日本でも、自動車メーカーはシナリオを描いている。

完全にECVへと舵を切ったメーカーは、もともとBEVしか生産していないテスラなど、ほんのひと握りにすぎない。VW(フォルクスワーゲン)はID.シリーズでBEVラインアップの充実を進めているが、ICE(内燃エンジン)車も従来どおり生産しているし次世代ICEの開発も継続している。

「ICEの研究をすべてやめた」という会社はない。もともとICE開発を外部委託していた会社はある。自社開発をやめたとしても、欧州にはいくつものエンジニアリング会社があり、いつでも設計を売ってくれる。すでに2010年代から、欧州の自動車メーカーではICE設計の3割程度がアウトソーシングされてきた。

エンジンをなくしてしまって、ホントにいいのですか?

これを電力供給面で考えると、とてもYesとは言えない。現状では「NO」だ。世界中のほとんどの国・地域で電力は余ってはいない。ECVに給電するのであれば、その分は追加の発電が必要になる。うまく電力を融通するシステムを作ることは、ある程度までは可能だろう。「いまこの地域で余っている電力をここへ回す」という方法はすでに一部で実用化され始めた。しかし、発電総量の増加分をすべて再エネで補えるわけだはない。

日本企業は欧米の目を気にして火力発電プラントの輸出を尻込みし始めた。おそらく、日本が撤退したところに今後は中国勢が入ってくるだろう。新興国の発電事業をすべて中国に牛耳られる懸念がある。日本政府は欧米の目を気にするのではなく、まずは日本の国益を守るべきだ。同時に、そうすることが世界にとっても有益だということを世界に説明する努力を続けなければならない。

その一方で、ファンドに後押しされた欧米企業が日本に再生エネルギー設備を一斉に売り込んできた。量産規模で負ける国内企業は、到底太刀打ちできない。なかでも海上風車は圧倒的に海外勢が強い。

現状では、ECV普及に必要な電力確保にまつわる案件が、そのまま日本の国益流出につながる恐れがある。

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