「中SAM(ちゅうサム)」を呼ばれる中距離地対空ミサイルとはどんな装備か? 陸上自衛隊:陸上の防空システム「03式 中距離地対空誘導弾」、北米での実弾射撃訓練の情景
- 2021/05/08
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貝方士英樹
航空攻撃から自軍などを守り、反撃する状況は陸上勢力にこそ多くなるはず。だから、陸上自衛隊もさまざまな対空装備を保有運用している。今回は陸上自衛隊の「03式中距離地対空誘導弾」を紹介する。名称が長いので部隊内などでは「中SAM(ちゅうサム)」で通っている。どんな装備だろうか?
TEXT&PHOTO◎貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)
防空のための誘導弾装備、ミサイルというといわゆる空軍が運用するものという印象が強いかもしれない。戦闘機の主翼などに搭載される空対空ミサイルや基地防空のために配備された地対空ミサイルなどだ。しかし実際は陸上勢力も地対空ミサイルを持つ。航空攻撃から自軍などを守り、反撃する状況は陸上勢力にこそ多くなるはず。だから、陸上自衛隊もさまざまな対空装備を保有運用している。
陸上自衛隊の対空装備のなかでまず注目したいのが「03式中距離地対空誘導弾」だ。名称が長いので部隊内などでは「中SAM(ちゅうサム)」で通っている。「中」は中距離の頭文字、SAMは「Surface-to-Air Missile」の略で、地対空ミサイルの意味になる。中SAMもしくは「03式 中SAM」だ。
中SAMは、その前世代装備である「改良ホークミサイル」の後継として研究・開発されたもの。世代を大きく更新する高性能さと、改良を受け入れる拡張性などを特徴とする誘導弾だ。国産装備で、ミサイル本体は三菱電機が製造する。
本体のミサイルはキャニスターと呼ばれる箱形のケースに収められ、それが発射装置となる。発射装置ごと大型車両に積載され、準備が整えばそのまま射撃できる。中SAMは各種の装置を連接してひとつの装備となる。ミサイル発射装置をはじめ、射撃用レーダー装置や対空戦闘指揮装置など、いくつもの車載式装置で構成される一群の車載式ミサイル射撃システムとなっている。
車載式なので移動や射撃位置への進入、射撃、撤収が素早く行なえる機動性の高さが特徴だ。一方、各装置は自動化が進んだハイテク装置だが、装置間をケーブル等で繋ぐためには人力で行なう。中SAM部隊はデジタルとアナログ、機械とマンパワーの混成となっている。
中SAMの配備先は陸自の主に西部方面隊、その隷下である西方の高射特科部隊を中心に進められた。つまり中SAMは日本列島の西に多い。それは主に中国大陸沿岸部を中心に配置された誘導弾や巡航ミサイル、戦闘機などに備えているからだ。ホットゾーンである南西諸島防衛のためだ。
ちなみに「高射特科」とは陸自の職種のひとつ「特科」を指し、その中で火砲・野砲などいわゆる大砲を扱う「野戦特科」に対して、ミサイルを扱う部隊のことを高射特科という。
中SAMは「やや足の長いミサイル」だ。その射程は公表されていないが、数十㎞の範囲をカバーすると思われる。その範囲内で相手航空機や巡航ミサイルなどの迎撃を行なう。
戦闘機や攻撃機などの軍用機の高速化は著しく、巡航ミサイルの技術進化も同様だ。これに対抗するため、迎撃能力を向上・改良された「中SAM改」も研究開発され、実用機が先ごろ部隊配備されている。「中SAM改」は中SAMの後継機となるもので、射程は明かされていないが、中SAMより長距離だという。
配備先は沖縄、陸自の第15旅団第15高射特科連隊(南城市の知念分屯地)だ。中SAM配備部隊は今後順次「中SAM改」へ更新される予定で、沖縄本島だけでなく宮古島や石垣島の陸自駐屯地でも中SAMを配備運用する予定がある。これは軍拡を続け地域的な脅威となった中国を睨み、南西諸島全体の防衛力を高めようとする動きのひとつとなる。
もう8年前になるが中SAMの実弾射撃訓練に同行したことがある。場所は北米ニューメキシコ州マクレガーにある米軍の対空射場だ。ここに陸自は実射訓練に使う中SAMシステム一式を持ち込み、訓練部隊ものりこんだ。訓練部隊が米国の施設等へ派遣されて実射訓練を行なう「派米訓練」などと呼ばれるものだ。
渡米してまでの大掛かりな実射訓練には理由がある。長射程ミサイルや火砲類の最大射程での射撃訓練は日本国内の訓練場や射撃場などでは施設が狭くてできないのだ。広大な東富士演習場や、国内最大で総面積約1万6800 ヘクタールある北海道の矢臼別演習場でも、射程数十㎞となる実弾射撃は狭くて無理なのだ。だから米国西部の主に砂漠地域に設けられた射撃場へ年に一回赴き、フルレンジ・フルスペックの射撃を行なう。これは兵器の最大性能・限界値を知るためだ。どこまでイケるのか知らずにフルスロットルで突っ込めないし、ぶっつけ本番で火器類を操るわけにはいかないからだ。
話を戻して中SAMの実射訓練のようすだ。
部隊は実弾入りのキャニスターを発射装置車両に搭載し、射撃位置へ前進、キャニスターを立ち上げて準備完了。システム各種の装置類も連接され、射撃用レーダー装置も起動して火が入った。
やがて無人標的機が飛来、雲上なので機影は見えないが音はかすかに聞こえる。筆者はミサイルを発射する発射機を遠望する地点にいてカメラを構えていた。中SAMシステムが標的機を捕捉し、砂漠の真ん中遠くにポツンと置かれた発射機の周囲に土煙が湧き上がり、噴射炎の煌めきとともに白いミサイル本体が上昇を始める。遠距離ゆえにワンテンポ遅れて発射音が轟き、ミサイルは噴煙を曳きながら急上昇に移り、雲上へ消えた。数秒ののち、轟音が響き渡って命中したらしいことを知る。
射撃指揮所へ行くと訓練部隊は命中に沸いている。彼らは約1年かけてこの日の本番を迎えた。日本国内で派米・実射訓練へ向けて最大射撃用の演練を積み上げてきた1年間だったという。基本的な操作や動作を繰り返し、訓練難度や強度を上げ、長い時間をかけて実弾射撃の本番を迎えた。彼らは1発の命中にすべてを込め、訓練の成果を発揮させた。
派米実弾射撃訓練とはいえ、多量の実弾を撃てるわけでなく、事情や状況にもよるが1部隊につき1発だ。命中に歓喜する若い隊員たちの中には涙目になっている人もいて、高校球児が甲子園の決勝で勝利したような雰囲気でもある。また、中SAMの製造社である三菱電機のエンジニアたちも達成感を得ている印象だった。
こうした派米実射訓練の成果を陸自部隊は持ち帰り、次の年に向かう予定の部隊やその他の部隊へ内容を伝える。国内での全力射撃の機会が事実上皆無の状況を打開するためだ。こうした報告や部隊研修、隊員間の口伝も含めてメカの限界性能を試した経験が伝播されるのだという。
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