日産デザインのトップ アルフォンソ・E・アルバイサ氏に聞く / カースタイリング Vol.20 (2019年3月発売号)より ニッサン、インフィニティ、ダットサンに新たな息吹を。3ブランドに共通の「基礎(ファンデーション)」を採用
- 2020/06/09
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MotorFan編集部
日産自動車の新たなデザイン戦略が見えてきた。その魅力が日本文化の中にこそあったことがはっきりとわかってきた。「粋」「移ろい」「侘び寂び」そして「傾く」その意味合いを表層だけでなくより深く起源にまで遡ったのである。日産自動車(株)専務執行役員アルフォンソ・E・アルバイサ氏に聴く。
3ブランドはすべて日産(Corporate)の車だからこそ言語は共通
(松永)今回は突然のお願いに対応いただき、ありがとうございました。実は最近のニッサンやインフィニティのコンセプトを拝見していると、これは量産に向けた、新たな方向がかなり明確に見えているのではないか、と思ったのです。それでお話をと思い、伺った次第なんです。
(アルバイサ)2年前、西川さんとの最初のミーティングの時に、2022年のEV化に向けたポートフォリオのプレゼンを行なったのです。インフィニティとニッサンについて、この時点で新しいエンジニアリング・プラットフォームはできていたのですが、それをベースにかなり幅の広いものとなり10台くらいのモデルを提案したのです。
そこには2018年に発表したニッサンIMsやインフィニティQ Inspirationも含まれていました。この新しいプラットフォームは私たちにたくさんの機会を与えてくれました。
(松永)そこでは、どんなものが取り入れられて行ったのですか。
(アルバイサ)とりわけ江戸時代からの考え方「粋」(いき)というものについて、注目しました。日本人のマインドセットとして、色々な良いこと、技術を民主化していくような考え方を表していると思います。1926年に日産の創設者である鮎川義介の夢は、日本のすべての道路にダットサンを走らせること、つまり大衆のための車を作るということだった。リーフにはこの精神が現れていると思いますが、次世代のプラットフォームを考えた時には、もっと革新的である方がいいと思いました。
(松永)日本らしさの表現ということでもあるのですか。
(アルバイサ)次世代モデルには、日本人の、そして日産としてのルーツを表したいと思いました。それはnon-EV車であっても同様です。ジュネーブではe-POWERをベースとしたIMqを発表しましたが、こちらにもIMsのランゲージを見ることができます。
私たちはデトロイトで、インフィニティQX Inspiration、ニッサンIMsと2つのコンセプトを発表しましたが、2つのブランドデザインに共通の言語を用いたのは、多分我々が唯一の会社だと思います。
(松永)共通の言語で作り分けているのですか?
(アルバイサ)「侘び寂び」「移ろい」などもそうです。それら言語としては共通なのですが、ブランドによって捉え方に違いがあります。ニッサンブランドはどちらかというと、東京、江戸のメンタリティ。インフィニティブランドは江戸と京都のミクスチャーのようなメンタリティを持っているのです。
言葉は同じであっても、表現が異なる。これもまた日本の美しさだと思います。また「間」に表現されるシンプリシティについても、簡素を表しているのですが、日本人は変わることを拒否しないところがある。
(松永)それはどういうことですか。
(アルバイサ)時間とともに変わっていく、影響を受けながら変わっていく。それが出会いに、形として現れるとうことだと思います。ですからシンプリシティであっても動きを表すことができると思います。
「傾かぶく」という言葉もよく用います。なぜ私がこの言葉を使うのか、とすごく不思議な目で見られます。「傾く」という言葉は、普通ではないという意味を表現していると思うんです。日本は単一民族の国ではありますが、普通ではないものを歓迎するところがある。ですからモノをユニークにするには、「傾く」の要素が必要なのだと考えています。
誤解を与えたくないのは、ドイツやオランダに「ミニマリズム」という考え方がありますが、私は決して「ミニマリズム」には興味を持ってはいません。「ミニマリズム」とはオブジェクトに対して使う言葉で、「間」というのはそれ以上のものだと思います。精神や、哲学というものを表しています。
(松永)何か、日本人より理解されていますね。もっと教えてください。
(アルバイサ)私が今の立場に就任した2年前は、非常に重要な時期でした。新しいCEOに変わった時期ですし、その中で私は初めて外国人としてデザインのヘッドになったのです。そこには少し寂しさを感じました。日本車は日本的であるべきなのですが、私は日本人ではない…ということです。
言葉の意味するところを言葉で捉え直す
(松永)そこからどのように日本らしさを探求していったのですか。
(アルバイサ)就任してから、世界の8つのスタジオに一つの宿題を課しました。日本の言葉を送って欲しい、そしてその定義を言葉として録音して送って欲しいと。写真はダメで、言葉だけで表して欲しいと。なぜならば、デザイナーは素晴らしい写真や画像で言葉の定義を表現できるのは当たり前なのです。それは技に近いものなので、そうではなく、言葉だけで定義を表して欲しいと。
(松永)得意技を封じるとは、随分奇抜なアイデアですね。
(アルバイサ)その時のことでよく覚えているのは、ロンドンの拠点にいたロシア人のデザイナーが録音してきたものでした。彼は35歳で、強いロシア語のアクセントで、ちょっと怖い雰囲気を纏った人でした。これが「間」というものを「空虚であることの巧み」、“Mastery of the empty space”と自分の声で録音して送ってきた。
(松永)それは驚きですね。自分でもじっくり考えなければ、どう表現していいかわからないと思います。
(アルバイサ)「間」という言葉などまったく知らなかった人が、日本のアイデンティティに大いに触発されたわけです。つまりそれは日産の強みでもあるのではないでしょうか。
私たちのビジネスは1911年に始まったのですが、それはまさに日本の産業革命の草創期でした。その意味では私たち日産のデザイナーは日本の産業を代表しているわけですが、同時に私たちは他文化も共有しています。外国人は日本のことが大好きですがそれは、外国人が感じる日常とはだいぶ違うものだからなのです。日本の文化は普通ではないのです。
(松永)それにしても、日産とインフィニティに同じキーワードを持ってくるとは驚愕ですね。
(アルバイサ)さらに、ダットサンも同じです。それはすべて同じメーカーだからです。ものづくりの感覚には、いかに車を作るかといったことがまさしく「移ろい」、「侘び寂び」、「粋」と反映されるようにしており、これは当社のブランドの基盤でもあり、それが次に展開されるものになっているのです。
もちろん、その意味をどう実現していくかは極めて難しい。意味を使いながら、どういった差別化が図れるか。ましてや、他社との差別化の中では、より深い意味合いを出していかなければならない。
つまり私がおこなっていることは、単にキャラクターラインをどうするということではありません。その表現自体に違いが出てくることなのです。
ニッサンブランドの田井悟氏、インフィニティブランドのカリム・ハビブ氏、そしてダットサンブランドの丘渓氏とデザインの責任者(Exective Design Director)がいますが、彼らは「間」というものの意味合いに関して、まったく同じ見方をしていません。それぞれが違った解釈をしています。
(松永)では各ブランドは、どのように作り分けられているのですか。
(アルバイサ)スピリッツが異なるのです。私が感じる限り、中心にあるのがニッサンです。「粋」というものが純粋な意味では先進的なカッティングエッジなのもですが、ニッサンは、中核であり最も先進的でなければならない。それが表現として現れてくるのです。ですのでIMsやIMQも非常に魅力的に感じています。全長の短いコンパクトな中に、ハイテクのエクスプレッションを見ることができます。まさにニッサンを象徴する「粋」が表現されていると思っています。
ダットサンとニッサンの関係も極めて興味深いといえます。ダットサンという名前は当社の最初の名前です。つまりダットサンは永遠であり、タイムレスである。今の流行を代表する言葉ではないのです。すなわち純粋さ、フレッシュネス、といった流行を追うものではない表現として現れてくるのです。
また、ブランドはある種、人間であるともいえると思います。人生においては、無駄なものを省き流行りを無視するピュアリストがいます。その意味でダットサンはある種のピュアリストといってもいいと思います。ニッサンの場合は非常に先進性を求める資質があるひと、新しいファッション、スタイル、テクノロジーを追い求める気質に溢れた人たち。インフィニティは、アーティストであり詩人である。そして現実の世界に精神性を求める人たち。ということがいえるのではないでしょうか。
それから、インフィニティの形状を分析すると構造は極めて難しい。つまりそこには一つの“神秘”といったものも含まれています。日産の場合には逆に極めて直感的に理解しうる、とても論理的に構成されているのです。とはいえ日産の中にもダイナミズムはありますし、「傾く」の要素も当然入っています。
(松永)なるほど、すごくわかりやすいですね。ところで、アルバイサさんは最初からカーデザイナーを志していたのですか。少し子供時代のことを教えていただけますか。
(アルバイサ)私の父親はコンクリートやキャストを扱う建築家で、モダニストだったのです。私自身は、キューバ人でありキューバの教育制度……非常にヨーロッパ的なものの元で過ごしました。バルター・グロピウス(近代建築の四大巨匠の一人)の影響も受けたのです。私のベッドルームには大きな写真がありました。それは1964年の丹下健三氏の東京オリンピックスタジアムのもので、丹下健三氏はじめ日本の建築家のスタイルについてはよく理解していました。それから、父はイサム・ノグチと色々と仕事をしたことがありますし、私はまだ13歳でしたが、ノグチ氏は極めて真面目に真摯に受け止め取り組む建築家だったと記憶しています。
(松永)そして通っていたデザイン学校が、ニューヨークのプラット・インスティテュートですね。カーデザインの分野では、あまり聞かない学校ですね。
(アルバイサ)この学校はアートと工業デザインのコンビネーションで、私のパッションは人物像や、彫刻といったアートスカルプチャーに向いていました。学校としてはいい工業デザインも勉強できるところではありましたが、ちょっと天邪鬼な学校で、工業デザインを教えながらも産業界とつながりを持たないような学校だったのです。今は変わりましたが。
日産に入ったのは、まったくの偶然でした。私の教授が日本人だったのです。ジェリー・奥田氏という、ブラニフでボーイング747のスペシャルインテリアのデザインにも携わった方だったのですが、日産がニューヨークでアメリカの影響を受けたデザインということで賞を受賞したときに奥田さんが日産の人たちを私たちの学校に招待して、私に学校内の案内をさせたのです。
その頃、私はニューヨークが大好きで、すでに少しドローイングを教えもしていました。学校もそろそろ卒業を控えていましたので、すでにニューヨークで家具の仕事をしていましたから、それ以上の必要はなくハッピーだったのです。しかしその1ヶ月後に日産が学校の私あてに手紙を送ってきました。カリフォルニアに来たくないか、というものだったのです。
(松永)それってすごいことですよね。
ニューヨークが最高。当初日産には行きたくなかったが…
(アルバイサ)しかし私は基本的には行くのは嫌でした。1988年のニューヨークのデザイナーにとって、カリフォルニアはカラーも多すぎるし毒のようなものに感じていました。でも無料で行けるからと。若い男性なんだし、日産のスタジオを一度見に来なさいよと。そこまで言われるんだったら、カリフォルニアの悪魔を見に行ってみるかと思ったのです。
(松永)そうですか。実際行ってみてどうだったのですか。
(アルバイサ)しかし、スタジオは非常に素晴らしいところでした。当時の日産デザインインターナショナルの社長がデザインのヘッドだったのですが、彼は素晴らしい画家でもあったのです。スタジオは本当にユニークで、独自性のあるものでした。車のデザインをする人もいれば、車いすや建築のデザインをしている人もいた。でもカリフォルニアだしな、どうしようかな……。でもやってみてもいいんじゃないか、と思いました。
(松永)そして日産のデザインに浸かっていくわけですね。ところで、それから日本に来た時にすごくショックを受けたとか。
(アルバイサ)そうなのです。1988年に初めて日本にきたときに、極めて大きなインパクトを受けました。確かにニューヨークとカリフォルニアは非常に違います。しかしそれでもアメリカです。お皿の上にネジや緩んだボルトを乗せて傾けると片方によって行く、それがカリフォルニアかなとも思います。クレイジーなアメリカかもしれません。しかしそうは言っても、お互いがアメリカ人だということがいえる。しかし、日本に最初にきた時は、類似性というものはなかった。
建築物のサイズだけを見ると、ニューヨークとは大きく違いませんでした。しかし、安全で清潔、そしてモダン。これまでニューヨークは私にとってナンバーワンだったのですが、急に東京がナンバーワンとなりました。街角ごとにホットな何かがある、そういう都市に見えたのです。
(松永)ところで日本の哲学について、も少し踏み込ませてください。
先ほど、「粋」(いき)という言葉が出てきましたが、日本でもあまり本来の意味として用いられない場合があります。この「粋」をどのように捉えていますか?
(アルバイサ)400年前にさかのぼると、当時日本の中心は京都でしたが、権力のシフトが起き、京都から東京へ政治の中心が移りました。その時に庶民階級の中級階級が生まれてきました、その時に日本の文化的な革命が起きたということもいえると思います。
歴史的に見るならば、中産階級はデザインオブジェクトを持たなかった。持てるのは上流階級なので、デザインによって民主化が起きたというのが中産階級の台頭です。例えば着ているものは非常に質素なのですが、しかし中身が特徴を備えるようになってきた。
したがって、日常の中にスリークさ、カッティングエッジといった先端性を感じることが入って来る。これがニッサンブランドである、そうならなければならないと思っています。
もちろん日産が常に成功しているというわけではありませんが、我々は「粋」であるべきだ。さらにいうならば「粋」の周りにある意味をしっかりと体現するような存在でなければいけないという風に思っています。近代の日本、現代の日本に至る時に起きたような技術の民主化と言ったものが、私にとっての「粋」なのだと思います。
しかし実現するのは難しい。それは車が複雑な存在だからです。機能的で、安全性も確保しなければいけない。また同時にスピリチュアルな意味も表現しなければいけません。いろいろなタスクを持っています。
いろいろな言葉を関連づけ、理解するといいかもしれません。例えば「粋」と「間」を関連づけると理解の助けになるかもしれません。私は「傾く」という言葉をよく使いますが、「粋」というのはかんざしのようなものだと思うのです。ファンシーなセンサーを感じる新たなものということです。「粋」というそれだけではなく、それを超える精神性までを考えています。
(松永)綺麗な言葉として日本語では捉えられています「移ろい、しかし日本人も忘れかけている言葉でもあります。感じてはいるのです。そのあたりを車に表現するにあたり、どのようなことをされているのでしょうか。
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