海上自衛隊:世界屈指の性能をもつ砕氷艦「しらせ」は南極観測のためにコロナ禍の今年も昭和基地へ向かう予定
- 2020/10/10
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貝方士英樹
南極観測で知られる砕氷艦「しらせ」は、海上自衛隊所属だ。南極・昭和基地へ向かう「しらせ」の実力は世界トップレベル。コロナ禍の今年も、「しらせ」は南極へ向かう予定だ。
TEXT&PHOTO◎貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)
海上自衛隊の砕氷艦「しらせ」の艦名は南極昭和基地の近くにある「白瀬氷河」が由来だという。白瀬氷河は、日本人として初めて南極大陸へ到達した旧日本陸軍中尉・白瀬矗(しらせ のぶ)を由来とするから、艦名は白瀬中尉を由来とする解釈もできる。しかし、海自艦艇を名付ける基準を定めた訓令のなかに人名は入っていないので、白瀬中尉の名前を直接的に示すものではないのだそうだ。
砕氷艦「しらせ」は世界的にも知られたフネであり、折々のニュースにも登場することから馴染みのある艦船だと思う。「しらせ」は、南極観測隊の人員や物資を乗せ日本と南極を往復している。
日本の南極観測の源流は先述した白瀬中尉の南極探検・学術調査にまで遡れる。明治40年代、1900年代初頭のことだ。そして現在の南極観測とは、国立極地研究所の科学観測・研究集団を観測隊として派遣することを指し、第1次南極地域観測隊の派遣決定が1956年(昭和31年)のことだったから、今日まで60年以上も継続されている国家事業となっている。
「しらせ」は南極観測船と砕氷艦、ふたつの肩書き各々で呼ばれることが多い。活動内容から見れば「南極観測船」であり、運航を担う海上自衛隊の分類では「砕氷艦」と呼ばれる。名称どおり、氷を砕く機能を持った艦という意味だ。
日本の南極観測船・砕氷艦には代々の歴史がある。初代は「宗谷(そうや:海上保安庁所属)」、2代目は「ふじ」。続く3代目となるのが現用の「しらせ」だ。
さらに言えば「しらせ」は、「初代・しらせ(AGB5002)」と現用の「2代目・しらせ(AGB5003)」と2隻ある。「初代・しらせ」は1981年に起工・建造され、翌82年に就役、2008年に退役している。そして「2代目・しらせ」は2007年に起工・建造され、09年に就役し、現用されている。初代しらせ退役と2代目建造の間に当たった08年の第50次観測隊航海にはオーストラリアの民間砕氷船をチャーターして行ったという。ちなみに「AGB」とは海自での分類と記号で砕氷艦を示すものだ。加えて、砕氷艦の英表記は「Icebreaker」とその機能性を表している。
現用の「2代目・しらせ」は南極昭和基地へ約1100トンもの物資を運ぶため大型化された。基準排水量は1万2650トン。海上自衛隊では補給艦「ましゅう」の1万3500トンに次ぐ大きさの自衛艦ということになり、世界でもトップクラスの高性能な砕氷艦だ。
その砕氷機能は次のとおり。まず、艦首下方の海面と接する船体角度は21度に設定した砕氷航行に最適なもの。厚さ1.5mまでの氷海なら時速3ノット(約5.6km/h)で連続した砕氷航行が可能だ。鋭角の吃水下船首が氷に乗り上げ、船体重量を使いながら押し分けるように砕氷する仕組みだ。外圧を受ける船体外板や後部ヘリ甲板などは高張力鋼を採用、喫水付近の船体は耐摩耗性に優れるステンレスクラッド鋼も使われている。水を移動させて動揺を抑える減揺タンクを内蔵、船体を左右に傾斜させるヒーリングタンク(タンク内のオイルを移動させ、船体を左右に揺らして氷を砕く)も併用し砕氷航行を効率化している。艦首には放射状に散水装置が取り付けられ、水を撒いて解氷しやすくする工夫もある。また、助走をつけて分厚い氷に突入し割る「ラミング」という砕氷手法も合わせ、氷の海を切り開いてゆく。
「しらせ」は巨大なフネだ。岸壁に接舷した姿を間近に見ると、舷側はそそり立つ壁のようだ。南極観測のための物資類や人員を遥か南極まで運び、途中の荒れた海を乗りきるにためにはこのボリュームが必要なのである。艦内には海自乗員約180名と観測隊員約80名が乗艦する。南極航海は往復約半年の長期になるから、乗り組む約260名の活動空間はゆったり目に作られている。長期航海のため艦内には理容室も設置されているが、専門の理容師が乗艦するわけではなく、乗員同士がお互いに散髪するそうだ。医師や歯科医師、看護師なども複数名が乗艦し医療態勢も固められている。食の分野も充実していて「しらせカレー」は美味で有名だ。
例年の「しらせ」の航海は、11月に日本を出港し、途中オーストラリアに寄港。多くの場合、観測隊員などはそこで乗艦し南極昭和基地へ向かう。基地では交代で日本へ帰る隊員などを乗せ、不要な物資や廃棄物なども積み込み、往路と同じような寄港地や航路を辿り、翌年の春に日本へ帰ってくる。
こうした航海が長年繰り返されてきたが、コロナ禍の今年2020年の南極航海は大きく様変わりする様子だ。この6月、政府の南極地域観測統合推進本部は今年行なわれる第62次観測隊の新型コロナウイルス感染症対応の基本方針を決めた。
その内容は、今秋出発する観測隊員を当初予定の80人から、半分程度の43人に減らす。次に「しらせ」が例年寄港するオーストラリアには立ち寄らず、南極昭和基地へ直行する航路を取る。乗員や観測隊員は乗船前に2週間の検疫期間を設け、感染が判明した場合に備えた交代要員を用意するなど、全体に活動規模を縮小した計画へ変える。今後は感染症拡大の推移や状況を見て、この11月に実施計画を最終決定する予定だそうだ。感染拡大状況など、コロナ禍での諸状況が11月の出港を見据えて改善したと判断される場合には、隊員数や活動を増やすこともあるという。「しらせ」の出港が無事行なえることを期待したい。
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