クルマの「ブルブルガタガタ」は何が原因か。サスペンションの「振動」を考える
- 2021/05/11
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牧野 茂雄
石畳の上を走ると、クルマがゴトゴトと音を出す。速度を上げるとたいがい、音がさらに大きくなる。同時に「ゴトゴト」に混じって「ブルブル」「ガタガタ」も聞こえてくる。この音はいったいどこから聞こえてくるのか。タイヤか、サスペンションか、ボディか……。「クルマ全体が複雑な振動モードで震えている」と、振動解析の専門家は語った。どういうことだろうか。
TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
【写真1】は石畳の路面だ。1991年にシトロエンのテストコースを取材したときにもらった資料から抜粋したもので、欧州によくある石畳路だ。石を敷き詰めるという昔の舗装技術である。ベルギーの路面がとくに有名で、ベルジャン路とも呼ばれる。この上をクルマで走ると、ゴトゴトガタガタブルブル……ときにビリビリという振動にさらされる。5分やそこらしか走らないのに、クルマから降りた後も身体に振動が残っているような気分だった。
【写真2】は、工場で組み立てたクルマから異音が出ていないかどうかを調べる完成車検査路だ。ちゃんと取材許可を得て撮影した写真だが、自主規制でクルマの車種はわからないようにした。路面に30mmほどの突起が規則正しく並べられていて、この上を速度を変えながら走ると、さまざまな音が出る。テストドライバーは「こういう音が出ていたらここの部分の立て付けが悪い」といった現象を耳で覚えている。たいがいの不具合はここで見つかるという。
この【写真2】の凹凸パターンと突起部分の高さは、試行錯誤を繰り返して生まれた人工的なパターンだ。クルマの室内で聞き取る音と、体で感じる「音としては聞こえない振動」を「同じ条件」で試すことができる。「再現性のあるテスト」ができるから、完成車検査にはぴったりである。
【写真3】は実際の市街地道路。ドイツのフランクフルト市中心部からは外れた場所である。路面電車の線路と石畳と、鉄製のフタとマンホールがあって、ここを走るとタイヤからはいろいろな振動が伝わってくる。ゴトゴト(線路と石畳の段差)、ツルッ(線路の上)、ザラザラブルブル(石畳表面の小さな突起)……だ。
では、クルマで走るとどのような音が出るか。いちばん簡単に測れるのはスマートフォン用のユーティリティソフトウェア「サウンドモニターFFT wave」である。スマホのマイクで拾った音をフーリエ変換してリアルタイムの周波数分布(スペクトル)を見ることができる【写真4】。ただし、大量生産品であるスマホ内蔵マイクは周波数特性のばらつきがあるため、正確を期す場合は自分でキャリブレーション(校正)する必要がある。
筆者はデジタル・ヴォイシング・イコライザーを使って部屋の音場補正を行ない、スピーカーから正弦波を出し、その周波数がFFT waveでどう表示されるかを調べた。440Hz(基準音のA=ラの音)はFFT waveの表示では433Hzだった。高域は16k表示で480Hzの誤差が出たが、この程度なら実用レベルだ。20点ほどの周波数でばらつきを計ると、ばらつきは不規則な山谷の連続だったが、スマホ用スペアナ(スペクトルアナライザー)ソフトとしては最優秀の部類だ。
このソフトとスマホを使ってクルマの室内で計測すると、エンジン回転が上昇するときにだんだん騒音の周波数が高くなることや、タイヤが路面の段差を乗り越えたときに「ドスン」と来る音の倍音(元の音の2倍、3倍、4倍)成分でかなり広い周波数に音がばらまかれていることがわかる。
砂利道走ると25Hz付近の振動が目立った。その4倍の100Hz付近も目立った。これは倍音だ。基準音に倍音がかぶさって複雑な「ジャラジャラガツガツボコボコ」という音になっているのだろう。いっぽう舗装路では90Hzくらいの音が目立った。きれいな舗装の第2東名では、音のレベル(音圧)は低くなるが、より高い音が出ていた。1kH以上の成分も出ていた。
走行中のクルマでのスペクトルは複雑きわまりない。これは、クルマを構成するあらゆる部品が何かしらの周波数で震えていることを物語る。道路の段差を踏んだ瞬間には、必ずどこかの周波数でピークが出る。助手席に座ってこんな観察をしていると、たとえば床、ドアトリム、天井などに触れながらスペクトル計測していると、「ああ、このザラザラ感はこういう振動なんだ」と思うことが多々あった。
【写真5】の道を走ると、大きさと、配置と、石の表面の「粗さ」の違いでいろいろな振動が出た。ヨーロッパのクルマが昔から「必ず石畳の路面での走行テスト」を行なってきた理由は、石畳が持つ独特の振動発生特性が乗り心地に大きな影響を与えているからであり、実際に走ってみるとそれを実感する。
【写真1】の石畳路は、実際の石畳路をテストコースの中に再現したものだ。石畳を廃止するとき、あちこちで路面がそのまま自動車メーカーやタイヤメーカーに買われていった。1980年代初頭にこの「石畳移植」が盛んになり、日本もベルギーから「路面」をそっくりそのまま輸入した。けして表面が均一でない、不規則な凹凸がある本物の石畳は、走行テストで大いに役に立った。クルマの振動低減に役立ったのだ。
そう。走行中のクルマで起きる現象はすべて「振動」だ。エンジンの燃焼は、燃料分子を構成する原子が急激に暴れだすことでほかの分子との接触機会が増えて分子の運動が燃焼室全体に広がるという現象である。サスペンションの動きやダンパー(ショックアブソーバー)の伸縮は、物理的な振動の減衰である。こうしたクルマで起きる振動の周波数はものすごく広い。
白鍵52、黒鍵36という通常の88鍵盤ピアノは、27.5Hzから4186.01Hzまでの音を出す。いっぽう自動車は1Hz〜約8k(8000)Hzというさらに広い範囲の振動を出す。人間はだいたい20Hz〜20kHzの音を聴くことができるというから、ドライバーは20Hz〜8kHzの音を聞いていることになる。
いっぽう、耳には聞こえない20Hz以下は振動として感じる。振動は音だ。1Hzだって音になる。人間の耳には聞こえないだけだ。クルマは1Hzの振動を出している。ばね上共振と呼ばれる、サスペンションのスプリング/ダンパーよりも上に位置する質量がバウンシング(上下動)によって発生させる周波数は、最低が0.5Hzと言われる。ばね上共振周波数は1Hz付近だ。
50km/hで走っているクルマは1秒間に13.89m進む。もしこのとき、路面に13.89mの半分、6.95mの周期で道路がうねっていたら、1秒間に1回の上下動、つまり1Hzの振動が出る。もし、そのクルマのばね上共振周波数が同じく1Hzだとすると、振動が増幅してしばらく止まらない。これが共振と呼ばれる現象だ。
……というようなことを、次号のモーターファンイラストレーテッドで取りあげている。テーマは「制御時代のサスペンション」だ。クルマの振動はとにかく複雑怪奇であり、音・振動の対策を行なう部署も走りの実験を行なう部署も発売直前までこれと格闘する。そのなかでサスペンションは、前述のばね上共振1Hzや砂利道での25Hz、気持ち悪い「ふわふわ」感をもたらす2〜3Hzの振動などと戦っている。その戦い方の一端を知っていただければ、と思う。
MOTOR FAN illustrated - モーターファンイラストレーテッド - Vol.176 (モーターファン別冊)「制御時代のサスペンション」
【図解特集:制御時代のサスペンション】
▶︎ Introduction
サスペンションの仕事
アクティブ第2世代への道
ADAS/ADにおけるトルクベクタリングの可能性
▶︎ 最新事例 Part 1
マツダ:GVCのポイントはトーションビームにあった
日産:e-POWER 4WDのシャシー設計
三菱自動車:エクリプスクロスPHEVのS-AWC
Column:自動車はHzを奏でる楽器
▶︎ 最新事例 Part 2
レクサス:下山テストコースで鍛えたISの脚周り
スバル:レヴォーグのボディ/シャシー設計
ホンダ:プラットフォームを「2回まわす」ことの利点
Column:インプレッサSTI Sportグレード
▶︎ 最新サスペンション図鑑
ホンダ・シビック TYPE Rのマクファーソンストラット
トヨタ・ヤリスのトーションビームアクスル
Mazda 3のトーションビームアクスル
トヨタMIRAIのダブルウィッシュボーン
スバル・レヴォーグのダブルウィッシュボーン
ボルボXC90のマルチリンク
トヨタ・カムリのダブルウィッシュボーン
ルノー・トゥインゴのド・ディオンアクスル
Epilogue:サスペンション機構はシンプルに、制御で補う
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