内燃機関超基礎講座 | 軽自動車のエンジンの仕立て方:スズキのエンジニアに質問してみた
- 2020/11/07
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牧野 茂雄
排気量制限がある軽自動車のエンジンは、3気筒なら単気筒当たり220cc、ボア径は64mmである。欧州のエンジニアは「冷却損失が大きすぎて燃費追求には不向き」と言う。しかし、日本の軽メーカーは敢えてそこに挑戦し続け、さまざまな成果を挙げている。
TEXT:牧野茂雄(Shigeo MAKINO)
(*本記事は2013年10月に執筆したものです。肩書きは当時)
660ccで3気筒。軽のエンジンを分解して感じるのはボアの小ささである。よくこんな燃焼室で仕事をするよなぁ、と。しかも、コストはかけられない。「生活ぐるま」である軽は、車両価格も維持費も安さが命だ。エンジン性能はコツコツとちりつも(塵も積もれば山になる)をやるしかない。
近年の軽は日本のJC08モード燃費で「リッター30km以上」が珍しくなくなった。「たかがモード」と言うなかれ。されどモードだ。一般のお客さんが燃費を横並び比較(厳密には重量区分が変われば直接比較はできないが)できる唯一の物差しであり、営業戦略上、絶対におろそかにはできない。では、スズキは軽の660ccクラスと、その上の4気筒1200ccクラスを、どのように考えているのだろうか。単に燃費だけを追うのではないということはモーターファン・イラストレーテッド83号で四輪技術本部の笠井公人・副本部長にインタビューしたときに何度も聞いた。だから余計にスズキの方針が聞きたくて、4つの質問をぶつけてみた。以下はその回答である。
【質問1】 冷却と点火が重要テーマ。この点についての将来像は?
新しいR06A型の660ccエンジンでは、冷却系はヘッド側とブロック側は共通です。たしかに冷却系はまだ手を入れる余地がたくさん残っています。我われもヘッドとブロックを別回路に分けるべきかどうかスタディしています。
一方、K12Bにはいちばん新しい考え方の冷却系を入れました。「デュアルジェット」というサブネームが付きましたが、生産ラインの要件は厳守しなければならないマイナーチェンジですから、いま出来る範囲での改良によってヘッド側に多く冷却水が流れるように改良しました。ブロック側の鋳物形状を少し変えて水路内に板を差し込んだだけです。これだけでも、我われがねらった水流にはなっています。
当然、今後はR06Aも冷却系に手を入れると思います。性能上、温めるべきところと冷やすべきところがあります。ブロック側のシリンダー慴動部はオイル温度を上げて粘度を落としたいから温めたい。逆にヘッド側はノッキング回避のために冷やしたい。しかし冷やし過ぎもダメです。それぞれの部分をねらった温度にするメリハリのある冷却系というのが方向です。スズキは前方排気でエンジンを積むので、エンジンルーム内の空気の流れも考慮しながら、いろいろなスタディをやっています。
それと点火系は、以前のK06型660ccからR06A型に変わったときもエネルギーは上げていません。上げることで得られるポテンシャルは研究しました。R06A開発当時は、従来のままでいいという判断でしたが、今後はわかりません。たしかに点火も重要なテーマです。
【質問2】 吸排気VVTは思い切った採用だ。いずれ軽もデュアルジェットか?
我われがねらう性能を実現するには、吸排気VVTは必須でした。ポンピングロス低減が目的ですが、同時にトルクアップさせる手段としても選択しました。作動角は吸気/排気ともにクランクアングルで55度、実用作動角は約30度です。けして外部EGRを否定するつもりではないのですが、使い方によってはドライバビリティを悪くします。もちろん、どのように外部EGRを利用するかのスタディはやっていますが、R06Aの開発時点では内部EGRを選択しました。部品自体は、軽自動車のエンジンの単価から見れば高価ですが、VVTで正解だったと思っています。
デュアルインジェクターは、今後もさまざまな使い方が出来ます。時間差噴射だとか、片側を止めるとか、燃料噴射のバリエーションは広がります。実は、ほかの社内プロジェクトで進めていた研究に、R06Aでの解析結果を組み合わせて、まずK12Bに採用することになったのです。ポート内噴射ですが、点火プラグの近傍にできるだけ燃料を集めながらも混合気としては均質な方向をねらっています。
そうですねぇ(笑)、軽のエンジンにデュアルジェットという選択肢も否定できません。燃費とドライバビリティの要求を満たせるのであれば採用するでしょう。K12Bでは、コストをかけても使う価値が充分にあったのです。
【質問3】 燃費とドライバビリティではどちらが優先されるべきか?
当然、両立すればいいクルマになります。燃費だけをねらうと走りにくくなります。これは明らかです。エンジン側の都合を優先してドライバーのトルク要求を無視すると、いい結果は生みません。決してモード燃費追求に疲れたということではありません。クルマがつまらないものになることを避けたいのです。運転している時間は「クルマが思いどおりに反応してくれて楽しい」ように仕上げたい。それがなくなったら電車やバスに乗っているのと同じです。
まずはエンジントルクを上げること、燃費効率の良い領域を広くすることです。それと、ドライバーのアクセルペダル操作に対してきちんと反応するような制御を組むことです。加速側だけでなくアクセルの「抜き」側もです。このとき、CVTのトレースは無視できません。エンジンとCVTが協調し、互いにいいところをねらう。この点で、エンジンは以前より謙虚になりました。従来はとにかくエンジン主体でしたが、変速機との協調制御ができるようになって、エンジンの世界は変わりました。しかし、まずはエンジンをしっかり作り込むことが重要です。いい加減なエンジンを「CVTで何とかする」のではありません。
CVTは高回転側が苦手ですから、エンジンの燃費率が高くなる「目玉」の部分は低回転側に寄せています。ただし、CVTの都合で燃費側に振りすぎるとドラビリが悪化します。とにかく燃費要求を満たす制御も研究し、実験しました。その結果、市販車ではそういうことはしないほうがいいという結論になったのです。JC08モードでの目標ですか? まだ限界ではないと思いますが、ドライバビリティは犠牲にしたくありませんね。
【質問4】 機械損失とどう戦ってきたか。これからはどんな手があるか。
工作精度という点では、シリンダーブロックのボア・ホーニング時にはダミーヘッドを取り付けて行なうとか、工程内で許されることを最大限にやっています。コストではなく工夫が活きる部分でもありますから。R06Aの試作段階では、サイドフォースによるピストンの首振りでキュッキュッという音が出たのですよ。よくよく調べてみたらピストンだったのです。シリンダーが真円になっているかどうか、なので、組み立て時にダミーヘッドを使うことでも対策しました。クランクシャフトとシリンダーのオフセットはR06Aで採用しました。オフセット量を決める段階いろいろスタディし、その結果がサイドフォース低減に役立っています。
機械設計面では、たとえばピストンリングの張力です。軽のR06は、競合他社にくらべてもっとも弱い張力にしていますが、ブローバイとオイル消費は問題のないレベルです。ピストンスカート面のコーティングも、効果は小さいのですが、まだ「取りしろ」があります。コーティングのパターンで油膜の形成状態と膜厚は微妙に変わります。最近のエンジンは各部の設計を攻めているため、実験してみると確実に工夫が性能差に現れます。計測技術の進歩で微細な差がわかるようになったとも言えますが、エンジンは設計の工夫に対してものすごく敏感になってきました。やりがいがあります。
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