Impression from Editor's room NSXとRC213V-S──2台のホンダ製ハイエンドスポーツに試乗してわかったこと
- 2019/07/08
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MotorFan編集部
どこを見ても妥協がない───RC213V-Sはすべての乗り手を黙らせる
フェラーリがグランプリシーンにおける輝かしい歴史と実績を自らの市販モデルに投影させ、高いブランド価値を与えることに成功していることは周知の通りだ。ならば二輪において、ホンダにもその資格はあるはずだ。かつてのWGP、現在のMotoGPにおいて、ホンダほど輝かしい実績を残してきたメーカーはほかにない。
にもかかわらず何に遠慮しているのか、ホンダは1000ccのスーパースポーツまで「イイモノを安く」の精神で生真面目に作り続けてきた。1980年代のレーサーレプリカ全盛期と根っこは変わっていない。スーパースポーツやレーサーレプリカを安価と言うのは語弊があるだろうし、歴史を繙けばNRのようなエクスクルーシブモデルも存在したけれど、いずれも性能や成り立ちを考えたら十分にリーズナブルと言えた。それがホンダの魅力でもあるが、動力性能以外の部分に付加価値を見出しづらいという点では欠点ともいえる。
と、歯がゆく思っていた矢先だ。2014年の秋、正気の沙汰とは思えぬ新型車がリリースされた。RC213V-Sである。なにしろMotoGPマシンに保安部品をくっつけてそのまま公道を走れるようにしました、というのだ。そして価格は量産車史上最高額の2190万円! 何から何まで自分の理解力を超えていたが、まるでバイクに興味を持ち始めたばかりの小学生の如く胸を躍らせてしまったのは本当だ。
しかし今、その2190万円が目の前に鎮座し、筆者が火を入れるのを待ち構えているとなると、胸を躍らせるだけではすまない。全身全霊を捧げてライディングに集中せねばならない。
スターターボタンを押すと、999ccV4はあっけなく目覚めた。バラつきながらもテンポの速いアイドリング音がいかにもV4らしい。音量はかなり大きめだ。シートは高めだが、身長174cmの筆者がブーツを履いていれば両足のかかとが地面につく。ハンドルはさすがに低く、前傾はきつい。
そろーりと発進しようとして、お約束のようにカンッとエンストをかました。1速がおそろしくハイギヤードで、まるで一般的なバイクの3速くらいの感覚だ。おまけに低速トルクが細い。アクセルを開けつつ、しっかり駆動がタイヤに伝わるサマを感じながらクラッチをつながなければうまく発進できない。筆者は600ccのスーパースポーツという、最もピーキーで街乗りに向かないとされているカテゴリーのバイクを所有しているが、それとだって比較にならないほど気を遣う。
だが走り出してしまえば快適そのもので、NSXと速度を合わせての並走撮影もなんのその。街中でもフツーに走れてしまうことにまずは感心させられた。
RC213V-Sには、作り手の迷いが見えない
だが本当に驚いたのは高速道路に入ってからだ。日本仕様のRC213V-Sはレブリミットが7200rpmに抑えられていて、最高出力も70psにとどまる。サーキット専用のスポーツキットを組めば1万3000rpmで215psを発生するが、その仕様では公道では騒音規制に通らない。そこまで回せない公道仕様では、すなわち胸のすくような加速はほんの一瞬しか味わえないのだが、逆にそのおかげで、エンジンパワーというものはMotoGPマシンの凄まじさのほんの一部に過ぎないことを思い知らされたのだ。
まず、目地段差のいなしかたが見事と言うほかない。足をかためたスーパースポーツの場合、どうしてもフロントを軸にリヤが跳ねるような仕草を隠せないが、RC213V-Sにはそれがない。もちろん車体が軽いから、何ごともなかったかのように、とはならないが、トンッと乗り手に軽くインフォーメーションを伝えつつも、リヤタイヤは接地を失わない。
そしてブレーキングである。100km/hから無遠慮にフロントブレーキを握りしめても、リヤが不安定になることなくシュウッと瞬く間に速度を殺してしまう。考えてみれば当たり前だ。MotoGPでは350km/hから一気に50km/hまで落とすような超ハードブレーキングを何度も繰り返すわけで、100km/hなんて最初っから止まっているに等しい。
そしてワインディングロードに入って、感心は感涙に変わる。とにかくすべての動きが素直かつスムーズで、唐突な挙動を一切見せないのだ。素人が無理してキッカケなど作らなくてもフロントは自然と入ってくれるし、アクセルを開けていけば見事に視線をトレースする。そのアクセルを開けている間のトラクション感もすばらしい。タイヤが路面を蹴り上げている様子が頭の中に拡大されて映し出されるような感覚で、安心感がとてつもない。限界域ではどうだか知らないが、公道レベルではとにかく乗りやすいのである。
金が掛かっているとはこういうことか。
もちろん2190万円のバイクなんて、よほどの大富豪でもなければ手が出せない。だが、RC213V-Sにはプレミアムスポーツ作りの大きなヒントが隠されている。
前述の通り、このバイクは70psしかない。200psが当たり前のリッタークラスのスーパースポーツとは比べものにもならない。にもかかわらず、筆者は2190万円という価格設定に異論はないし、試乗を終えた今はもっと高くてもいいとさえ思っている。ホンダのサテライトチーム向けMotoGPマシンの価格は、一年間のサポート付きで8000万円と言われている。そこからサポートのコストを大まかに引くと、車両単体の価格は5000万円ほどと見ることができる。そう考えると2190万円という価格は、依然として「イイモノを安く」の延長線上にあるのではないか。
たったの70psで乗り手にそう考えさせるのは、RC213V-Sが圧倒的な自尊心と説得力に満ち溢れているからだ。説得力とは、歴史や実績に裏打ちされるものである。前述の通りホンダはその点において申し分ない。必要なのは自尊心だ。
果たして自尊心に満ちたホンダが放ったRC213V-Sには、作り手の迷いが見えない。だから乗り手に至上の満足感を与えるのだろう。
■ホンダRC213V- S
● 全長×全幅×全高:2100×790[770]×1120mm ● ホイールベース:1465mm ● シート高:830mm ● 車両重量:170[160]kg ● エンジン形式:V型4気筒DOHC ● 総排気量:999cc ● ボア×ストローク:81.0×48.4mm ● 圧縮比:13.0 ● 最高出力:51[158]kW(70[215]ps)/6000[13000]rpm ● 最大トルク:87[118]Nm/5000[10500]rpm ● トランスミッション:6速MT タイヤサイズ:Ⓕ120/70ZR17Ⓡ190/55ZR17 ● 車両価格:2190万円
※[ ]はスポーツキット装着時
実はハイエンドブランドという一面も併せ持つホンダ
小型ジェットや船外機を手掛けるなど、実は世界有数のハイエンドブランドという一面も持つホンダ。その一方で、2017年にはスーパーカブが累計1億台の販売を達成。その守備範囲は恐ろしく広い。
どんなに高額でもNSXがどこか親しみやすさを感じさせるのは、スーパーカブに象徴されるホンダのユーザー主体の視点が色濃く投影されているからだろう。
だが本文にもあるとおり、RC213V-Sのようなホンダの「エゴイズム」に満ちたモデルの登場に喝采を送るファンが世界中には大勢いることも、重ねて強調しておきたいのである。
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<再録>MFロードテスト ポルシェ911(1965年3月号)
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