「もしかしたらSONYは、本当に自動車を造るかもしれない」ソニーの自動車産業参入は「YES」か「NO」か。
- 2020/08/31
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牧野 茂雄
VISION-Sには13個のイメージセンサー、12個の超音波センサー、5基のミリ波レーダーが搭載されているが、超音波センサーとミリ波レーダーはソニー製ではない。このあたりは他社製の汎用デバイスを買ってきて使いこなすことに慣れている家電メーカーとして、まったく抵抗感がないのだろう。
ソニーが参入を狙うのは、VISION-Sに搭載された自社製ソリッドステートLiDAR(ライト・ディテクション・アンド・レインジング=光による検知と距離測定装置)だ。レーザー光をつかって周囲をスキャンするLiDARは、始祖となるヴェロダイン製(写真8)をはじめ、以前は回転部分を持つ方式が主流だったが、現在は固定式が主流だ。ソニーも完全固定式を開発した。
この分野では、米・ルミナー(Luminar)が開発した薄型の走査型レーザースキャナー内蔵型が最近のエポックだ(写真9)。ボルボ・カーズは2022年発売の次期XC90への採用を決めている。最大250mの遠方まで測定でき、画角は垂直方向30°/水平方向90°である(写真10)。時速100kmで走行しているとクルマは毎秒27.8mを進むが、250m先を見通せればまず安全との判断によるスペックだ。
もうひとつ、この分野ではイスラエルのイノビズ・テクノロジーズ(Innoviz Technologies)がある。BMWが2021年に発売するBEV(バッテリー電気自動車)への採用を決めている。イスラエルは防衛産業からの技術移転が多く、かつて日本で一世を風靡したPHS携帯電話は、イスラエル陸軍が採用した兵士位置確認技術の発展型だった。モービルアイもイスラエル企業である。センシング分野ではつねにウオッチが必要な国だ。
独・ロベルト・ボッシュ、パイオニア、東芝などもLiDAR市場を狙っている。レベル3の自動運転(特定の条件下でシステムがクルマの運転を行い、もし対応継続がむつかしい場合は運転者に運転を代わってもらう)になると、カメラとレーダーだけでなくLiDARが必要と各社が判断し、参入が相次いだ。カメラは前方物体の形状をとらえる。レーダーは先方物体との距離をとらえる。しかし刻々と変化する周囲の状況はLiDARを使って正確にスキャンする必要がある。
もっとも、これは言い換えればLiDARは「レベル3の自動運転にならなければ不要」ということでもある。ソニーがLiDARにいままでとは別の価値を盛り込むことができれば、たとえばアップルがLiDARをiPadが内蔵したような使い方を提案できれば、他社との差別化になるが、単純にライダーの開発だけでは激しい価格競争にさらされるだけだ。
とは言え、果たして自動運転がどうなるか、という問題がある。すでに何年間もAI(人工知能)に学習させてきたエヌビディアのような企業でも、まだ完全自動運転に使えるという確信が持てるAIは開発できていない。人間は勉強からの応用ができるが、AIは「照合」しかできない。だから瞬時計算が得意なCPUと画像照合が得意なGPUを組み合わせている。しかし、開発は当初予測より難航している。
さらに問題なのはアクチュエーター側だ。完璧なAIができて瞬時に的確な指示を出せる頭脳を得たとして、その指令を確実に実行できるアクチュエーターがなければ話にならない。たとえばステアリング(ハンドル)だ。どの方向にクルマを向かわせるか、その方向はわかっても、タイヤの磨耗度や路面状況によって必要な操作量は変わる。これを瞬時に判断し、瞬時にアクチュエーションしなければならない。
欧州では、試作の自動運転車両に1種類のタイヤを装着し、タイヤ摩耗が車両挙動に与える影響を計測している。磨耗による車両運動性への影響はある程度解明された。しかし、タイヤを交換すると、このデータはリセットしなければならない。それくらいデリケートなのだ。
さらに、自動ステアリング操作に対し、路面反力が瞬間ごと(10ミリ秒単位)の車両姿勢にどのような影響を与えるかは路面や荷重によって変わる。アクチュエーターへの自動入力分と路面反力側の入力とを完全に分離して読み取る技術はいまのところ存在しない。これらをすべてプログラムし、フィードフォワードで呼び出しながら走行するには、いったいどれくらいの演算速度が必要になるのだろうか。また、自動運転実現に必要なタイヤおよび路面のデータ量はどれくらいなのか。この点については独・コンチネンタルやティッセンクルップが「現時点では不可能なレベル」と言っている。
レベル3自動運転は時期尚早。そういう声が欧州を中心に増えている。個人的には、レベル3を狙う試作車のステアリング自動操作は以前に比べてずいぶん上手くなったとは感じるが、エキスパート領域にはなかなか入れないでいる。運転の訓練を受け、日常の運転操作のなかでも無駄な操作を排除しようとつねに意識を集中させているドライバーにとっては、現在の自動運転制御は「下手くそ領域」である。
それと、筆者がこのウェブのコラムで何度も書いているように、BEVにもいくつかの問題点があり、世の中に流布されているような電気=エコという単純な等式は成り立たない。ソニーはVISION-Sを自動運転BEVとして仕上げた。ソニーとしては当然の判断に思うが、BEVに「深く関わる」ことをめざしているとすると、相当な覚悟が要る。
また、ソニーが示唆しているECU(中央演算装置)の集約というテーマも、果たして中央一元管理でいいのか、という考察はまだ自動車業界内でもさまざまな意見がある。欧州では「ステアリング、ダンパーといった部分はローカル制御のほうが向いている」という方向に傾いてきた。
ある欧州自動車メーカーの試作車両では、中央集権制御の場合にステアリング自動操作が発散領域に入り込むことがあったと聞いた。発散に入るきっかけは、ハガキ1枚程度のタイヤ接地面内での部分的な面圧変動だったという。車両運動とは、じつにデリケートな対応を求められる領域なのである。
ソニーにとって自動車は、自社の技術の可能性を広げる場であり、同時にソニーとして提供できそうなデバイスを「てんこ盛り」にできるプラットフォームでもある。どのような事業展開になるかはこれからの議論だろう。どのような道を選ぶにしても、自動車をがんじがらめにしている法規制の厳しさと、万一の不具合発生に対する何重ものフェイルセーフ構築という「善意の証明」が求められる点は家電製品の比ではない。
ソニーの2020年3月期連結決算は、営業利益(本業での儲け)と最終損益がともに前年度比マイナス、2020年度第1四半期(2020年4〜6月)は世界的な「ステイ・アット・ホーム」という追い風でゲーム&ネットワークサービス(G&NS)および金融部門が業績を伸ばし、家電・カメラ、音楽、映画の落ち込みを補った。
イメージング&センシング・ソリューション(I&SS)はソニーが展開する事業のひとつの柱だが、その規模はG&NSの約半分であり、自動車保険など金融部門にも負けている。最近、ソニーの人と非公式に話をすると「ウチは金融業ですよ」という自嘲気味の発言をよく耳にする。それではいけないという危機感もVISION-Sには込められていると筆者は思う。
以上が、筆者がVISION-Sに感じるソニー・オートモーティブ誕生に向けた「訳ありのNO」「条件付きYES」の内容である。これからどう転ぶにしても、かつて「モノを小さくする」ことで世界を驚かせてきたソニーに、ある意味荒唐無稽に、かつ傍若無人に、自動車産業を揺さぶって欲しいと個人としては思う。
自動車は100年に一度の変革期を迎えている--巷ではそう言われている。筆者は「いや、自動車はつねに変革を重ねてきた」と反論する。強制的な変革という意味では法規制がある。これが自動車への影響がもっとも大きい。たとえば軽自動車は、車体寸法とエンジン排気量が規制されている。その枠の中で商品開発をしなければならない。しかし、規制対応だけでは魅力的な商品は生まれない。つねに自動車には変革、熟成、洗練のすべてが求められてきた。「100年に一度」などは、外野(とくにメディア)の勝手な見方に過ぎない。
また、自動車はクローズドアーキテクチャー的工業製品であり、これはすり合わせ技術に長けた日本人に向いている。しかし、すり合わせだけではつまらない。何より開発陣のモチベーションにならない。
筆者が愛しているソニー製品は、昔の製品ばかりだ(写真11)。暴れん坊ソニーが大好きだった。規制対応が忙しく暴れている余裕がなくなった自動車産業。あまりに社会的責任が大きくなり過ぎて内側からは暴れられない自動車産業。ソニーはここに一石を投じてくれるだろうか……。
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