火曜カーデザイン特集:日産デザイン田井悟氏ロング・インタビュー 日産アリア、そしてフェアレディZプロトタイプに見る 日産デザインのこれから
- 2020/12/08
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CAR STYLING編集部 松永 大演
驚異的な造形で登場したと言っていい日産アリア。誰もがこのまま市販されるとは思っていなかった。それが発表されてみれば、2019年の東京モーターショーで、アリア・コンセプトとして展示されたそのまま。なぜそんなことができたのか? また、そんな経緯の中、日産デザインが大きく変わり始めているのではないか? そんな思いを日産自動車グロバルデザイン本部エグゼクティブ・デザイン・ダイレクターの田井悟氏に伺うチャンスを得た。ここではその模様をお伝えしたい。
EVの持つダイナミズムを動物的ではない表現で
松永 今回はなぜアリアが、すごくコンセプトカーのような形そのままに登場できたのか? まずはそれを伺いたいと思っているのです。アリアは2019年の東京モーターショーでアリア・コンセプトとして出たモデルですが「まさかあの形では出てこないだろう」と思っていたのに、それがそのまま出てきたのはどんな経緯があったのですか?
田井 コンセプトという話でいえば、アリアは表現としては違うのですが、実は2017年に東京モーターショーで発表したコンセプトカー、IMxが下敷きになっているのです。IMxでは日本らしさということをかなり語っていて、フロアも枯山水の日本庭園のよう。その上に椅子が浮かんでいて、インストルメントパネル周りも、木目を透かして周囲を表示するようになっていた。あの時から「縁側」的なことは言っているのです。外と中の関係性で、完全にプロテクトじゃない情報が連続する時代がくる、みたいなことですね。
松永 IMxが起点になっていたのですか!
田井 その時点で、コンセプト的には生産車に向けて走り始めていて、ある意味その一つがIMxだったのです。新しい日産の新しい表現ができつつあった、ということがベースにあります。いろいろと生産車としてチャレンジングなことにトライして、実際に生産車として採用されていった。社内でもアリアは「ショーカーみたいだね」という話がよくあって、きっとみんな「このままで出ないよね」って思うだろうと、ちょっとしたいたずら心もあったのです。
松永 まさにそうですよ。
田井 通常は量産予告をティザー的に出す場合は、ちょっとお化粧的なことをするのですが、今回は敢えてそのまま出してみたのです。実は、そういう順番だったということなのです。
松永 つまりIMxがコンセプトで、その実車版がアリアだった。なるほど、そうですか。
田井 なぜできたのか? というと生産車としてできていたから、ということなんです。 IMxからエクステリアの表現はだいぶ変えましたが、インテリアの考え方の根底にはやはりIMxがありますよね。フラットな床があって、それをどう使っていくか。
松永 つまり、IMxのあの床下に機能をまとめたプラットフォームが、現実のものとなっていたということなんですね。
田井 要素に分解すると、あの時に提示しているんですね。フロア上にエアコンユニットがなくて足元が広々している。実は通常コンセプトカーを作る時はHVACユニットのないモデルを作ることが多いのですが、我々はIMxを作る時点でその実現に目処をつけていたということなんです。
松永 そうしてみるとよくわかりますね。
田井 IMxの時は「和」というものをもうちょっと「きもの」のように表現して、東京モーターショーではボディを白としていましたが、その後、欧州に出してく時にはイメージをかえて黒で作りました。
松永 感覚的に面の作り方も、新しいフェーズに入ってきた気がするんですが。
田井 それはそうだと思います。IMxの時もそうだったのですが、EVの独特の走りかたってあるじゃないですか。音がしていないけど、ダイナミックみたいな…。静止状態からトルクがマックスに出るので、もちろん制御で静かに走り出すわけですが、その静かなのだけれどもダイナミックみたいなことをなんとかエクステリアで表現できないか。ということを模索しているのです。
IMxのときはちょっと「きもの」的なレイヤーも含めた表現をしたし、アリアでは薄いものというよりはソリッドに表現しているのです。
アリアは、動感を表現するにしても、動物の筋肉のような動感ではないもので表現しようと、そこで社内でコンペを行なって最終的に生まれてきたのがこの形になっているのですね。
これからの日産のカタチ
松永 そしてZもその形が公表されましたが、これから先の日産の形というものは、どのような方向に進むのでしょうか?
田井 言い方は色々あるのですが、考え方を変えようとしているところは既にありますよね。以前はVモーショングリル、フローティングルーフ、ブーメラン型のランプシグネチャーのランプ類を前後に入れるとか、全部をくくってある同じ表現をしようとしていました。
だからクロームのグリルといえば、その角度を揃えようとしていたということなのですが、いまはお客さんによってそのニーズは違う。
ということで、四駆ではタフなラギッドなものとしてクロームを使うにしても、より太く立ったような表現になっていくかもしれない。EVはまさにその対極にあり、もはや外観にクロームは無いんですね。シグネチャーもVを変形させたセカンドジェネレーションで、それをアリアは光だけで表現しています。
松永 なるほど。
田井 一方、北米ではローグを発表していますが、あれはその中間的な位置付け。Vモーショングリルはダブルで、外側に黒い部分を持っていっています。お客様が期待されていることを受けて、ちょっとEVに寄ったような表現方法ができるように構成していっています。
ある面では、多くあるバリエーションに対してグラデーション的に表現しようとしているんです。ラギッドなものから一番端っこは、EVでそこは光でと。同じ兄弟が同じ顔をしているというよりは、同じ要素を持ちながら車の期待値やコンセプトに併せる。それこそZにはVモーションは入っていません、というところまであります。
松永 家族、親戚って似ているけど、そっくりではない。それぞれが共通なものを持っていて、何となく似ているなという感じですかね。
田井 「○○さんち」に行った時に、同じ顔の人出てきませんもんね。立ち振る舞いが似ていたりとか、いくつかの要素や関係性が似ていたりとか。そういうことなんだと思います。もう一ついうと、日産車のラインアップとして、そうじゃないと作り分けられないくらいの数がありますしね。
新たなシンプルなエンブレムの真意
松永 そういうなかで、新しいエンブレムについてなのですが、日産バッジへの想いについて伺えますか?
田井 日産が変わらなければ、という中で同時並行に進んでいたのです。エンブレムのようなものでも、時系列で変化があると思うんです。昔は重いごついものがいい、と思われていたと思うのですが、それがどんどん軽くなっている。というか、光に近づいていると感じるのですね。
松永 ボディにエンボスみたいな表現もできる。それくらいのさり気なさも期待しちゃいますね。また、それが似合うデザインになっていくのじゃないかな、と考えていますが、どうでしょうか。
田井 現状、車では白い部分、光る部分だけでは作れない。なので周りの部分を作っていますが、今回そこはガンメタで作っている。そこはサブということで、アリアでいうと最終的には光る部分だけっていうこともあり得る。TV-CMや新しい名刺では、その部分だけになっていますし。
松永 しかし、Zではクロームの台座がありますが、それはなんとなく自分は余白だと捉えようとしていますが、割とこれまでとちかい表現にも見えます。
田井 そういう意味では、光るエンブレムは夜が一番シンボリックですね。しかし難しいのは、昔ながらの自動車好きの方にとっては、光が空中に浮くという表現は、ちょっと何か進んだものに見えすぎてうれしくないかもしれないということですね。
松永 車種や、その時代的に迎合できる領域を見極めなければならない、ということですね。
田井 もちろん立体ものであり立体は無視できませんし、常に問われるとは思うのです。その表現の仕方が、すごく変わってきていると思うのです。
松永 もちろん家紋でもあるし、水戸黄門の印籠ではないですが、どっかにどっしりとしていてほしい気持ちもある、と。
田井 昔はお城に金の“鯱鉾(しゃちほこ)”を立体で作って、そこに照明をあてて浮かび上がらせるということをやっていた。でも今はそれが古く見えて、光のシンボルが空中にふっと浮いているみたいな感覚の方が、これからの行き先を示しているように、私は感じます。
松永 期待としては、車のカタチはこの新しいエンブレムから生まれる形であってほしいなと。(笑)
田井 おっしゃること、非常によくわかります。しかし、クルマに対する期待値は国によっても違いますし、ジェネレーションによっても違います。松永さんの話を聞いて「欲しい車はフェラーリなんです」とは仰らないのではないかと思ったのですが、そんなことが関係あると思うんですよ(笑)
松永 そうですよね。(笑) デザイナーの人たちは、やはりカタチのあり方に筋を通そうとするので、エンブレムという会社を象徴するものが検討を重ねてこれだけシンプルに進化したら、本当にここから車のカタチを作りたくなる。しかし、自動車を欲しいと思う人たちの期待することは、必ずしもそこには無いかもしれないということですね。
田井 そんなことでいえば、アリアはヨーロッパや中国などいろいろな地域に行くので、様々な国の期待値を考える必要があります。でも志としては新しい考え方は取り入れたいというのは持っています。かつてはスポーツカーなどでは、エクステリアやインテリア、インストを彫刻し、なんか機械の隙間に人間が乗るというところがあったと思います。しかし、そうではなくて「人がいる空間」というものをメインで作りたい、という気持ちがあります。
EVがもたらすシームレスな世界への誘い
松永 これから先の車は、移動中とかに今までとは違うことができるのでは、という期待感がすごく大きい。何か、新しい関係性としての、人中心ということに結びつくようにも思います。
田井 最近リーフを手に入れて使っているのですが、形がどうのということではなく、こりゃ手放せないな、と思うんです。もちろん、もっとたくさん走ればいいのにとか、充電時間が短ければいいのにというのはありますが、ガソリンエンジンは近所に行くのにはエンジンが温まりきらなくて痛むかも、みたいなものがあるじゃないですか。あとは、ガレージの中でエンジンかけたくない、とか。
松永 最近ちょっと「わざわざ燃料を燃やしているのか」みたいな感覚って感じちゃう時って自分でもあります。生活の価値観が変わりつつある中で、ちょっと古いというのか。一線、区分けされちゃっているような。
田井 ところが、EVはシームレスなんですね。出かけたいと思ってスイッチを入れればすぐ行ける。そして、チャチャっと行ってすぐ帰ってこられる。これまでの「キュキュキュ、ブォン」じゃなくて、節目のない、滑らかな生活っていうのでしょうか。
しかし別にリーフが最高っていう話はしていなくて、EVというものがもたらす新しい感覚が十分堪能できて、これはやめられないなと。きっと、これから先も我が家にはEVってずっとあるだろうなって感じがしますね。
松永 CMではないですけど、部屋の中に置いておけるとか、そういうものになりつつある。
田井 あれナチュラルにやっていますが、普通は家に車は入れられないですから。入れている人もいますけど、本当にEVに乗ることによって、ちょっと概念が変わってくると思うんですよね。
松永 ものを燃やしていない、二酸化炭素を出していないということで、その分人に近づいている。という感じなのですかね。
田井 近くなった感じがしますよね。人間は二酸化炭素出してますけどね(笑)近所に行くときに、えも言われぬ気楽な感覚。ですから、ガレージの屋根じゅうに太陽電池を張り巡らして、オフグリッドEV生活をやりたいな、と思うんですね。これって実は人里離れた山の中でもできるんですよ。
松永 あ、そうですね、考えもつかなかった。燃料を買いにいかなくていいんだ。
田井 いま地方で、だんだんガソリンスタンドがなくなってきていて、給油に行くのに30km走るっていう人もいる。そうなってくると、いいですよね。また私はEVは電気の貯蔵庫だと思っています。例えば、家庭用の蓄電池を買うと10kWで百数十万円とか、非常に高い。だけどEVは全部付いてきますからね。それだけでも価値が十分あるんじゃないか、と思うんです。
松永 パワーサプライとしての機能ならば、相当のポテンシャルですよね。これはまったく異なる価値が見えてきますね。
田井 今回のアリアやIMxについても、そういう車を持つことの概念の違いというものをデザインで表現できないかな、ということなんですね。新しい形を作るだけでなく、EVとの関係性などが表現できれば、と私は思っていたんです。
クレイモデルはまだ必要ですか?
松永 ところで、新しいカタチの作り方ということで、もはや実体としてクレイモデルを作らなくてもいいのではないかという考え方もかなり進んでいますが、もしかしてアリアはクレイを作っていないんじゃないか? それでいて多くの問題もクリアしてきているのでは? と思ったりするのですが、そんなことはないですか。
田井 アリアはクレイモデルを作っています。デジタル化はものすごく推進しているのですが、アリアのデザインチームを率いているジオバーニ・アローバはクレイが好きで、クレイモデルで検討しています。
松永 やっぱり、クレイモデルは必要ですか。
田井 いやぁ、どうですかね。この質問に対しては、自分もどんどん感覚的に変わって来ているところがあって、哲学的な問いでもありますよね。
最近映画でもデジタル-デジタルの人が増えてきたんですよね。以前は3DモデルをCGの前に作っていたんです。古いですがモンスターズ・インクなんかも、最終的にはデジタルですが、3Dのモデルを形状確認用に事前に作っていたという。しかし今は、作らないでデジタル-デジタルで作ってしまう人が増えているらしいですよ。
松永 そうなんですか。
田井 そのスキル自体が定着してしまえばいいのだ、と思いますけど。
人の手で作るのが血の通ったデザインとは限らない、でも血の通ったデザインでいいのか? とも
松永 しかしやっぱり求めたいのは、血の通った形というのを表現するのはクレイがやりやすいのではないか、とも思ったりするのですが。欧州のデザイナーは、やはり原点はビーナス像に帰るという人もいる。そこをどうするのかな、とも思うのですか。
田井 だけど……と言っちゃいますが、ものをきっちり考えられるとか、極められるかというところの問題で、それが粘土とか木でなくてはいけないということではなくて、デジタルの中できっちり見極められるという人は育ってくると僕は思います。
松永 なるほど、そうですよね。
田井 逆はもっとひどいことを言うと、粘土を使ったからといって、すべて血が通う訳ではない。あともうひとつ言ってしまうと、昔ミケランジェロの、マリアさまがキリストを膝に乗せている“サン・ピエトロのピエタ”(サン・ピエトロ大聖堂/バチカン)がありますが、あれを見たときに「うあ、すごい。この感覚はなんなんだろう」と思ったのですよ。
そこでミケランジェロを好きになったというくらいなのですが、やはりミケランジェロって天才だと思うんですよ。大きな大理石から、立体の繋がりというものをまったく壊さずに切り出していける訳じゃないですか。
そこに指なら指が見えている訳ですよね。だから、指がこうなるっていうところを石の中から削り出して血を通わせることができる。
だけどミケランジェロの像をあげるから家に飾れ、と言われても今の気分はちょっと違うなと思うんですよね。(笑)
松永 すごく好きなのに。(笑)
田井 なんか、時代というものもあるんだと思うのです。彫刻といっても少しグラフィック寄りというか、そういう私の個人的なトレンドかもしれないのですが、なんかポップなものが流行るというのと関係あるのかなとも言える気がするし。
松永 伝統的な美が究極であったとしても、今の生活やクルマとの関係性に、それがふさわしい時代かどうか…。
田井 ルイ・ヴィトンのバッグに、買ったその店でワッペン縫い付けたりしているじゃないですか。ああいう感覚も関係ある気がするし、バリューというのはその時代で変化するんだなと。
松永 確かにそうですね。逆に、文房具のようなクルマがあってもいいし……、血の通ったものもありだけど、なんか古臭いものなのかもしれない。
田井 結局フェアレディZを作っていて、今話をしたような所を行ったり来たりしていたところは、ちょっとありますよね。血の通ったものも作りたいが、ミケランジェロのようにならないようにというとものすごく恐れ多いのですが、時代感をしっかり入れたいということです。
松永 いまのZのプロトを直に拝見して、すごく感じるものがありましたね、新しい造形であることを強く実感しながら、ああZだ! と。
田井 Zは本当に難しいですね。今回は結構よくできたと思っているんですよ。
アリアがなぜコンセプトカーのようだと思ったのか? その一端はパッケージにあった。今までの常識では、あり得ないほど前進するキャビン。その余裕が、リヤピラーを前傾させ、高さのあるクロスオーバーにこれまでないクーペスタイルを構築して見せたのだった。また躍動感ある造形が、動物的なものではない形、日本的造形にインスパイアされたものとなったのも新しい時代を感じさせてくれた。
そこに内包する、強い自己主張のない控えめさもきわめて日本的だ。同時に、控えめであるがゆえのミステリアスさをも感じさせてくれる、造形作りにはその妙が感じられる……。
時代が本当に大きく変わろうとしている、そのことがよくわかるインタビューだったと実感する。それこそ、自分の中にあった価値観が大きく崩れるようだ。「100年に一度の大変革」と言われる自動車業界だが、それは単に内燃機関から、電気に変わっていく変曲点。あるいは、自動運転の扉を開くポイント、という技術的なシフトチェンジではない。
技術が大きく変わるというなかには、ドラスティックなまでの自動車を取り巻く価値観が変わっていく、そのことの始まりなのだ。クルマと人との関係性、そして社会との関係性がここから変わっていくのだと思う。そのことに、不安よりも期待を込めて、大きな変革を楽しみたい、そう思えるインタビューだった。
インタビューを終えて……
アリアがなぜコンセプトカーのようだと思ったのか? その一端はパッケージにあった。今までの常識では、あり得ないほど前進するキャビン。その余裕が、リヤピラーを前傾させ、高さのあるクロスオーバーにこれまでないクーペスタイルを構築して見せたのだった。また躍動感ある造形が、動物的なものではない形、日本的造形にインスパイアされたものとなったのも新しい時代を感じさせてくれた。
そこに内包する、強い自己主張のない控えめさもきわめて日本的だ。同時に、控えめであるがゆえのミステリアスさをも感じさせてくれる、造形作りにはその妙が感じられる……。
時代が本当に大きく変わろうとしている、そのことがよくわかるインタビューだったと実感する。それこそ、自分の中にあった価値観が大きく崩れるようだ。「100年に一度の大変革」と言われる自動車業界だが、それは単に内燃機関から、電気に変わっていく変曲点。あるいは、自動運転の扉を開くポイント、という技術的なシフトチェンジではない。
技術が大きく変わるというなかには、ドラスティックなまでの自動車を取り巻く価値観が変わっていく、そのことの始まりなのだ。クルマと人との関係性、そして社会との関係性がここから変わっていくのだと思う。そのことに、不安よりも期待を込めて、大きな変革を楽しみたい、そう思えるインタビューだった。
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