【難波 治のカーデザイナー的視点:連載コラム 6回目】いよいよスタイリング───その2
- 2019/07/21
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MotorFan編集部
クルマはタイヤから描き始める
ところで皆さんはご存知だろうか、デザイナーはスケッチを描くときにタイヤから描き始めることを。
クルマは4つのタイヤで動力を地面に伝えて移動する乗り物である以上、そこが一番の決め所になる。家で言えば土台だ。デザイナーはタイヤをいかに美しく見せるかを考えている。タイヤの存在をいかにして強調せしめ、綺麗に、しかも強く、しっかりと地面に立たせるか。土台の不安定な家には住みたくないし人は自然にそれを感じ取る。クルマも同じことが言えて何か不安になるような造形を人は好まない。また、外観上タイヤはタイヤとしてしか見られないが、実はタイヤはその車を構成している内部機構を外に見せている中と外の連絡口で、スタイリングをする上でもキーになっているし、クルマが生まれて以来内部の機構の進化に伴ってクルマのスタイリングはタイヤとボディの位置関係の変化を続けてきているのだ。
前輪は舵を切るからステアリングと密接な位置関係がある。ステリングシャフトは室内からエンジンルームの中に伸びていき、ステアリングの“回転”の動きをギヤを介して左右の動きに変えて前輪の舵を切る。だからその機構の取り回しが利かないようなところにこの機構は置けないし、故にドライバーも置けない。
最近はFF車が大半を占める。クルマのフロントにエンジンがあり、エンジン内部のシリンダーで生まれた出力を回転に変え、その回転を前輪に送る。そしてタイヤが回転して車が進む。そのエンジンの回転数を最大限に活かして得るためにトランスミッション部分があり、たくさんのギヤが入っている。イメージしづらい方々は自転車の変速機を思い出してほしい。人の足がエンジン。ペダルを踏む足の回転が力を生み出している。そのペダルの付け根に何枚も歯車が入っているのが見えるはずだ。そしてチェーンで伝わった力は後輪の軸にもある何枚もの歯車でさらに細やかに調整が利くようになっていると思う。
クルマもまったく同じ。だからクルマのタイヤとエンジンとトランスミッションの位置関係は密接になる。タイヤの軸に直接関わるのはトランスミッションで、トランスミッションに力を与えるのがエンジン。このエンジンが縦置きか横置きかもスタイリングをする上では大きく影響をする。中身の設計次第で前輪の位置は決まってしまう。
前輪が決まるとこれらの理屈でドライバーの位置が決まり、4人乗りであればそのドライバーのシートの後ろに後席が置かれる。そしてこの後席のシートクッションのやや後ろに後輪は置かれる。後輪がそれより前だと後輪のホイールハウスの出っ張りのせいで後席クッションの幅がとても狭くなってしまうので、可能な限りシートへのタイヤの干渉は避けたくなる。であれば完全に後席のシートクッションから後輪を後ろにずらしてしまえば良いのだが、そうすると前輪と後輪の距離が離れてしまう。
この距離をホイールベース(wheelbase=W/B)というのだが、これが長いと車の運動性が悪くなる。ダックスフントのようなもので、足と足が離れすぎていると小回りがきかないのだ。しかもU ターンをしようとすると大きな回転面積が必要になる。(バスやトラックを想像してほしい)であるからW/B もいたずらに長くしたくはない。(ただしこれにも例外はある。高速道路を高速で巡航するような用途を持った乗用車ではW/Bは長めになるし、直線が長く最高速度が高いサーキットを走るレース仕様ではW/Bを長くする)
次はドア。前輪があって、フロントのドアは前輪より後ろになる。ドアを開けるには蝶番(ドアヒンジ)が必要で、ヒンジはドアの上と下につく。そして、実は車のAピラーはキャビン部分しか直接見ることができないが、フェンダーの後ろ側、フロントドアの前縁の外板に隠れてはいるがずっと下まで通っていて、そのAピラーにフロントドアのヒンジが取り付いている。であるからこのAピラーとヒンジがフロントタイヤを包み込むホイールアーチと干渉はできない。そこでフロントドアの見切り位置がほぼ決まる。
そしてドライバーシートの背もたれ(シートバック)の位置あたりにリヤドアのヒンジの位置が来る。ちょうど前後ドアの間にセンターピラーが通るのだが、リヤドアのヒンジはこのセンターピラーに取り付けられる。これで前後のタイヤと、前後2枚のドアの関係性がほぼ決まる。
背の高いクルマか、低いクルマか、それによって車内の人の座らせる姿勢が変わってくるのでドアの前後長もそれによって変化する。実際にはドライバーが作用させるペダル(アクセル、ブレーキのペダルやクラッチペダルがある場合もある)と人の足首の角度も人の座らせ方には関わってくる。人の関節には動き易い範囲があるからだ。
後輪の後ろ側にはほとんどのクルマに荷室スペースがくる。これはそのクルマに必要とされる荷室容積で決まるのだが、スペアタイヤだけは自由にはならない。後輪のホイールハウスとの関係もあれば、後席の下に配置されているガソリンタンクとの位置関係もあり制限が加わる。そのうえスペアタイヤの空間と干渉しないように排気系を取り回さねばならず、太鼓(マフラー)の大きさと位置もなかなか自由にはならない。
これがデザイナーがタイヤからスケッチを描き始める理由である。タイヤ位置はスタイリングを考える上で要になっていることがご理解いただけたかと思う。パッケージレイアウトの近いクルマであれば基本的にはシルエットに大きな変化がないのである。
さて、このうえでようやくデザイナーは自分が担当する車のスタイリングを進めるわけだが、クルマは「走る」「曲がる」「止まる」ものであるが、デザイナーはこのうちの走り、曲がる、について、前へ前へと「進む」という視点で「移動の姿」を表現することを考えているのだ。基本的には空気の中を突き進むための形であり、バランスの良い運動性の表現が根本になくてはならないのだが、そしてその後に先ほど「それぞれの物語をデザイナーはカタチで表現するのだ」と書いた部分へ話は戻ってゆくことになる。例えば実用車であれば実用について、スポーツカーであればどんなシーンにおけるスポーツでどのような立ち振る舞いが求められるのか、というような物語をどれだけ豊富に創造できるか。いかに豊かなイマジネーションを描けるかがデザイナーの命であり、ストーリーを作れるかが問われるのだ。
だからクルマはおもしろい。単に移動するための機械に終わらないのである。
難波 治 (なんば・おさむ)
1956年生まれ。筑波大学芸術学群生産デザイン専攻卒業後、鈴木自動車(現スズキ自動車)入社。カロッツェリア ミケッロッティでランニングプロト車の研究、SEAT中央技術センターでVW世界戦略車としての小型車開発の手法研究プロジェクトにスズキ代表デザイナーとして参画。94年には個人事務所を設立して、国内外の自動車メーカーとのデザイン開発研究&コンサルタント業務を開始。08年に富士重工業のデザイン部長に就任。13年同CED(Chief Executive Designer)就任。15年10月からは首都大学東京トランスポーテーションデザイン准教授。
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