マツダRX-01からRX-8へ テーマは「低ヨー慣性モーメント」ロータリーエンジンの可能性⑥
- 2020/04/22
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牧野 茂雄
レシプロエンジンでは実現できないパッケージング。
それがロータリーエンジン(RE)搭載モデルの大前提である。
実験室的性格で設計されたRX-01での成果をベースにマツダのエンジニアはRX-8を生んだ。
TEXT : 牧野茂雄(Shigeo Makino)
PHOTO & DRAWING : MAZDA
アドバンスドフロントミッドシップという考え方を実車へ
ロータリーエンジン(RE)の利点はエンジン本体の外径が小さいことにある。エンジン容積の割には出力を稼ぐことができる。しかも高回転まで回せる……となれば、RE搭載に最適なのは小型スポーツカーだという判断になるのは自然なことだ。REの弱点である燃費を稼ぐ意味では、車両重量は軽いほうがいい。できるかぎりボディを小さくし、ボディ容積に対して重量を削る。これがRE搭載車のめざしてきた方向である。
RE搭載車の理想的パッケージングの例は、1995年に披露されたコンセプトカー「RX−01」である。その思想はRX-8に活かされた。RX-01からRX-8へと至るパッケージング術は、いま振り返っても非常に興味深い。
かつてマツダは、RE搭載ラインアップの拡大を進めた。この動きは1975〜76年にピークを迎え、7車種がRE設定モデルだった。大型セダンにもBセグメントにもREが搭載された。「REはマツダの存在意義」という意味だけでなく、RE量産工場への投資を早期回収する目的もあった。第2次オイルショックの直前、78年に初代RX-7が登場して以降も4ドア・セダンのルーチェと2ドア・クーペのコスモにはREが搭載され、コスモはその後、90年に3ローターRE搭載車「ユーノスコスモ」へと進化した。
じつはこのころ、3ローターREを当時のRX-7(FC)に搭載する試みが行なわれていた。北米市場からの要求だったが、次期RX-7(FD)を2ローターにするか3ローターにするかを見極めるための先行開発という意味合いもあった。しかし、全長の長い3ローターは「ハンドリングの悪化を招いた」という。FDは2ローターを踏襲することが決まった。直6のように長い3ローターREをダッシュパネル(ファイアーウォール)ぎりぎりまで後退させても、エンジン前端はステアリングラックを乗り上げる。そのためエンジン前端が持ち上がり、ハンドリングが悪化する。いわゆるB寸法(ダッシュパネルと前輪軸中心の距離)を長くすれば3ローターREを積めるが、それではクルマが大きくなってしまう……。
この、FDへの3ローターRE搭載研究が、REで世界一のパッケージングを完成させたいという思いをエンジニアたちに植え付けた。REのメリットを最大限に活かした、REならではのスポーツカーパッケージングである。そこで「もし自分たちが他社のエンジニアだったら、どのような手法でREに対抗するだろうか」の考察が始まった。えてしてこの種の研究は1人か2人、せいぜい少人数グループで立ち上がるのが常だが、マツダの商品企画部門内でも同様だった。
直4/V6/水平対向4気筒を使って当時のFDを超えるハンドリング性能を達成するには、どういう方法があるか。それに対抗するには、REはどうすべきか……仮想敵を掲げ、戦闘のシミュレーションを行なうという点では企業も軍隊でも同じだ。相手を研究し、闘い方に活かす。その考察のなかで生まれたのは、どのエンジンにも不可能な「REだけのパッケージング」だった。それは、エンジンをセンタートンネル内に押し込むことである。同時に、REからトランスミッションへの出力軸を低くする。「小型軽量」「低ヨー慣性モーメント」「前後軸の理想的な重量配分」を揃って得るには、エンジンを奥に押し込めばいい。
こうした発想でRX-01は設計された。世の中ではボンネット地上高の低さやボディから分離されウィング形状になったフロントバンパーが話題になったが、それは副次的なことであり、要はREをダッシュパネル方向に押し込み、ホイールベース内に重量物を集中させるレイアウトが重要なのだ。そして、市販車RX-8のパッケージングはRX-01の延長線上で行なわれた。
ちなみに、もっとも手強いライバルとしてマークされたのは、水平対向4気筒エンジンをフロントミッドシップに積むFR車だった。4WDではなくFRにした水平対向。搭載位置はエンジン隔壁ぎりぎりに後退。出力軸はポルシェのようにほぼクランク軸と同じ高さに抑える。ステアリングは前引き。出力軸を低くするための排気系レイアウトをスバルが考えてきたら……じつは、RE開発陣にとっての仮想敵は水平対向エンジンだったのである。
新設計のRENESISエンジンはオイルパンの薄型化で従来の13B型に対し出力軸が40mm下がり、センタートンネルの高さを抑えることができるようになったが、この40mmはボディ中心線上でダッシュパネルからリヤバルクヘッドまでを繋ぐハイマウントバックボーンフレームのために用いられた。RX-8の大きな側面ドア開口部と観音開き(オープン・フロム・ザ・センター)の4枚ドアを実現させるのに一役買った構造である。
また、RX-8を上から見ると、RE搭載位置はFDに比べて60mm後退し、前席乗員のイニシャルHP(ヒップポイント)は80mm前に出た。エンジン中心とHPの距離が合計140mm縮まったのだ。このレイアウトを実現するため、ダッシュパネル面のクロスメンバー(車両を横方向に横断する骨格部材)を中央で車両後方に凹ませ、REと変速機をクリアしている。当然、それによる衝突入力の分散も配慮された。
ただし、吸排気系など補機類を含めたREをセンタートンネル方向に押し込んだため、排ガス後処理のための三元触媒がコックピットの足下まで侵入してきた。そのためクラッチペダルのレイアウトも少々つらい。筆者はRX-8を長い間所有したが、触媒が温まると左足のふくらはぎが暖められる。だから短パンでは絶対に運転しなかった。
REを車室方向に後退させると、車幅との関連も出てくる。車幅寸法は全長や前後トレッドや車両重量との関係だけでなく側面衝突基準にも左右される。左右席乗員HPの間隔(カップルディスタンス)が決まると、あとはサイドまたはカーテンエアバッグの展開要件で必要な室内幅が決まってしまう。複雑に絡み合った要件をひとつひとつクリアしながらのパッケージング作業は根気のいる仕事であり、開発工数の増加を招く。しかし、妥協すると平凡なクルマになってしまう。マツダのパッケージング担当諸氏は、ここをよく心得ていた。
果たしてどの方式がベストか?
果たしてどの方式がベストか?
上の3点の図は、じっさいにマツダのパッケージング担当部門が描いたもので、左の図面とほぼ同じ時期のものだ。(上)アドバンスド・フロントミッドシップ(中)セントラル・ミッドシップ(下)リヤ・ミッドシップのそれぞれにREの搭載をシミュレーションしている。「FRありき」ではなく、周辺の技術情報を細かくウォッチしながら新しいパッケージング手法の確立に精進していることが、こうした検討図からも見て取れる。結果的に、REの特徴を活かしたスポーツカーはFRが最適という結論に達しただけである。RX-01(右上)の外観にはFDの面影も残るが、ここから生まれたクルマがRX-8であるという点が非常に興味深い。エンジンの出力軸を下げたことで空いた空間は、ボディ中心線上に強固なハイマウント・バックボーンフレームを貫通させるために用いられた。RX-01では後席後方にあった燃料タンクはドライブシャフトと排気系をまたぐ鞍型となり、RX-8では床下に収容されている。
外観諸元公表値
全長(mm):4435
全高(mm):1340
全幅(mm):1770
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